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Extra 3.箱女

また思いついたので書きました。


「うわっ、こんなものがまだ残ってたの……?」

 仕事終わり、昭一君よりも先に家に帰り着いた私は例によって彼が帰ってくる前にお風呂を済ませた後、秋冬用の服がどれぐらいあるのか確認しようと段ボール箱の中を漁っていた。

 実家の荷物を全ていっぺんに移すことは難しく、何回かに分けて持ってきている最中だった。そのうちの一つ、冬服が詰め込まれた段ボール箱の一番底に、随分懐かしいものが仕舞われていた。


 それは中学の頃の指定体操服だった。下は赤いハーフパンツ、上は半袖の白シャツに襟と両袖口の三箇所に緩み防止用の赤い縁が付いた所謂丸首と呼ばれる物だ。胸部全面に縫い付けられた白い化学繊維生地の大きな名札も当時のままで、太い黒マジックで記された私の苗字と当時の学級名は経年によって若干文字が掠れている。その名札の上、丸首の左胸のところには、その中学校の校章マークが丸首の縁やハーフパンツと同じ赤色で小さくプリントされていて、そのマークの塗料もやはりやや掠れ気味である。


 これ見るの十何年ぶりだろう……? 高一ぐらいまでほんの少しだけ寝巻きとして使ってた時期もあったけれど、多分その時以来だ。まさか現存していたとは……。

 この前のセーラー服のことも然り、お母さん、わざとやってるよねコレ?

 こういった代物を見つけてしまったが最後、小躍りしながら試しに一度着てみたくなるような性格であることを知った上で、ほくそ笑みながら私のもとに敢えて小分けにして送りつけてきている。そうとしか思えなくなってきた。

 まあ、それを分かっていながら結局素直に着てしまう私も私なんだけどね……。だって、当時の思い出が蘇ってきて、テンション上がっちゃうんだもん。

 でもこれ、普通にコスプレなんだよなぁ……卒業から十数年も経っちゃってるし。他人に見せるには流石にキツすぎるでしょ……。

 まるで実の親から変態だと認定されているように思えて、何とも言えない気持ちになりながらも、私はいそいそと体操服を着込み始める。





「まあ、こうなるわな……」

 姿鏡に映る、白いショーツ一丁とパツパツの丸首体操服一枚だけを身に纏った自分の姿を眺めながら独りごつ。

 経験則上、ハーフパンツについては初めから諦めていた。足腰の持続的な運動への耐久性を備えるため丈夫に作られているハーフパンツは、丸首に比べて伸縮性に難がある。片足だけを突っ込みかけて即「うん、無理だな」と悟る。無用なダメージを喰らう前に、カーペットの上にそれをペイッと放り捨てる。


 それにしても、昔の私、今から思えば心配になるくらい細かったんだなぁ。背丈は今とほとんど変わらないのに、その中でも最も細いサイズを選んでもブカブカだった訳だから。

 今の私が悪いんじゃない。当時の方が異常だったんだ。そうに違いないんだ……。

 あと、同居を始めてからというもの、昭一君が美味しいご飯を続々教えてくれるようになったのが悪い。納豆ポテトサラダとか、コロッケ味噌汁とか、らっきょうタルタルとか……。どれも美味しすぎて、食べすぎてしまうではないか。


 話を戻して、ハーフパンツに見切りをつけた私は丸首体操服一本に集中することにした。

 こちらもハーフパンツ同様今の私にはサイズが小さすぎることに変わりはないのだが、幸い丸首シャツそのものに伸縮性があるので、着たあとの見栄えのことを考えなければ、袖と裾を無理矢理グイグイと引っ張り下ろしてなんとか上半身を包み込むことはできる。

 どんな見た目になっているかって? それはもう、お察しください……。

 とりわけ、私の胸は高校に上がった頃から急激にサイズアップしており、縫い付けられている名札が丸首自体よりも硬い生地であることも相まって、胸回りが特に締め付けられてる感触が強い。

 勿論肩や二の腕、お腹周りなど、他の箇所も満遍なくパッツパツなのだが、その中でも相対的に、胸の上に被さるように縫い付けられている名札が下着も着けていないそこにピッタリと密着してくるような感じがあって、意識が引き付けられる。

 ふと、中学二年生の年のある日、変身能力を使って冬田さんという女の子の姿になりすまし、昭一君に話しかけた時のことを思い出す。あの時も、丁度この名札を媒介に、名前を“書き換える”ことを経由して冬田さんの姿へと変身したのだった。

 いつもと違う口調で昭一君と喋っている時、すごくドキドキしたんだよなぁ……。

 当時の胸の高鳴りを思い起こしているうち、ひとりでに身体があの時と同じ作用をこの名札に与えたがっているのか、名札に密着した表面からジワリジワリと丸首に同化しかけている感覚が伝わってくる。



 そこで、ある考えが頭に浮かんでしまう。


 ──中学生の頃の自分の姿に変身して、その状態で昭一君を悩殺できるか試してみたら?

 ヌチュヌチュと、名札の表面、黒マジックの文字が先走るようにうねり始めている。その音が悪魔の囁きのように聞こえてくる。


 ……いやいやいや、何でどうしようか迷っちゃってるんだ私は?

 首を横に振って、誘惑を振り切ろうとする。

 確かに、もしも中学の頃に私が変なヘソの曲げ方をすることもなくストレートに気持ちをぶつけられるような人間であったなら、もっと早く昭一君と同じ時間を過ごせる仲になっていたのではないか、そう考えたことは何度だってある。

 私の身体だけでも当時に戻ってその『もしも』の世界を味わってみたい──そんな欲求が、ないと言えば嘘になる。


 でもなんか……もしそれを実行してしまったら、“今の私が当時の私に負けを認めた”ように思えてしまってちょっと気に入らないんだよねぇ。

 『たまには趣向を変えて……』ぐらいの軽い気持ちでやれるんならいいのかもしれないけれど、今の私はまだその域に達せていないというか、『もうちょっと今の私のまま踏ん張ってみたいかなぁ』って感じ。

 そもそも昭一君の方は今の姿のままなのに、私だけが勝手に盛り上がっているように思われるのも嫌だしね。



 ……内心では、そういう自分なりに大真面目な思索に耽っているのだけれど。実際の絵面的には良い歳した大人の女がパツパツの古い体操服だけを着て、姿鏡の前で渋い顔をしてウンウン唸っているだけという、近年稀に見るほど珍妙な光景が繰り広げられているに過ぎない。


 まぁ、あれだな。迷うくらいなら今日のところはやめとこう。疲れてる時に大事な決断を下してしまうのは良くない。

 少なくとも、この『丸首体操服模様の鏡餅』みたいな間抜けなビジュアルを昭一君に目撃されることを避けなければならないことだけは確かだ。

 でも、なんだろう? もうこの後の展開が私にもだんだん読めてきた気がするぞ……?



 ウニュウニュと蠢く名札の中身を鎮めつつ、丸首体操服を脱ごうとするが……無理矢理引っ張り下ろした結果身体に妙な形でフィットしてしまっていることに加え、ついさっきまで身体が勝手に同化する気満々であったことも相まって、なかなか上にずり上げて脱ぎ切ることができない。

 おやおや? こういうパターン、前にも見覚えがあるぞ?


 そう思った直後、案の定と言うべきか、玄関のドアをガチャガチャと解錠する音が聞こえてきた。昭一君が仕事先から帰宅してきたのだ。

 ちょっとぉ!?

 なんでよりにもよってこんな時ばっかり、私の予想よりもずっと早く帰ってくるわけ?!

 最近、家に帰ってくる時間が早くなってきたよねぇ。……そのこと自体は正直すごく嬉しいんだけどさ?


 幸い、丸首体操服自体は既に私の能力に呼応しており、違う姿へ変身を果たす準備は万端だ。

 ──でも、どうせこの体操服に擬態したところで、またこの間みたいに洗濯機で回される羽目になるんでしょ?!

 あれはあれですごくスッキリした気分になれたから良かったんだけど、ずっと昭一君の思うツボにハマりっぱなしなのは、流石に気に入らない!


 ではどうするか?

 “趣向を変えてみる”のだ。たまには私からも一矢報いてやる!

 見てろよー、昭一君!

 やられた分はやり返す。倍返しだー!


 名札の中身と身体全体がグニュグニュと変形していって、私は昭一君が部屋へ入ってくるのを待ち構えた。





「ただいまー……ぁ?」

 俺はユリさんがいるはずの居間へ続く扉を開け、中に入っていった。

 玄関先で彼女に帰宅を知らせる言葉をかけたのだが返事はなく、室内灯は点いたままなのに誰一人いないかのように静まり返っていた。

 大体こういう場合というのは、ユリさんが変なことをしている最中に俺が帰ってきて、慌てて彼女が今身につけている服に同化して身を隠しているパターンだと相場が決まっている。

 間違い探しの本を捲る時のような気分で扉を開き、早速彼女が擬態している物品を探そうとしたのだったが……?


 そのもの自体は、俺の目の前に堂々と鎮座していた。

 真っ白い立方体の箱が、部屋の真ん中にデンと陣取っている。

 大きさは一辺当たり50cmくらいだろうか。上面と底面、それぞれ周りの直線をグルリと囲うような形で赤色の縁取りが付いている。

 箱の表面に目を向けると、化学繊維に綿が混紡されたような生地感の純白の布地に全面をツルンと覆われていて、触ってみたらフニフニとして柔らかいのではないか、そう思わせるような見た目をしている。

 そんな立方体の中でも特に目を引いたのは、俺の立っている扉側に向けられた面、その表面に施されている装飾だった。

 その面の真ん中辺りに、箱全体を覆っている布地よりも硬そうな見た目の、おそらく化学繊維100%でできた大きな名札が縫い付けられていて、その表面には『2年7組 ユリ』と黒マジックで書いたような太文字がくっきりと記されている。

 また、その名札の右上には俺やユリさんが通っていた中学校の校章のマークが、縁取りと同じ赤色でプリントされているが、こちらはやや掠れ気味である。


 一言で表してしまえば、その箱は中学の指定体操服の意匠をそのまま立方体の中に閉じ込めてしまったような、そういう見た目をしていた。

 ユリさんが変身した姿であることは明らかだった。

 こんな意匠の箱なんて見たことがない。

 ていうか、なんで『2年7組 ユリ』なんだろう……?

 俺の記憶では、彼女が当時着ていた体操服の名札には下の名前ではなく苗字が書かれていたはずなんだけれど……。何かのこだわりなのかな?


 名札に書かれた名前、その一点についてのみ訝しがりながら、俺は「ねぇねぇユリさん? なんで体操服みたいな箱に擬態されてますのん?」と尋ねようと、その箱のそばへと近寄って手を触れた。

 その時だった。


「ばあっ!!」

 突然、箱の天面が内側からバネで弾かれたかのような勢いでパカーンと開き、中から満面の笑みを浮かべたユリさんの顔と両手のひらが俺の目の前にガバッと飛び出してきた。

「うおっ」

 思わず俺は驚きの声を上げつつ、その場に尻餅を突いていた。


 あー、ビックリした。





 箱の中から突然飛び出した私に驚き、昭一君は仰け反っていた。

 その驚いた様子は実に痛快なものであった。

 フッフッフ、どうせいつものように衣服か何かに擬態して隠れているとでも思って油断していたんでしょう?

 まさか私がビックリ箱に変身しているとは思うまい!


 今の私の身体は丸首体操服と同化して箱の形を形成した上で、開けた者を驚かすための“人形”の役割を受け持つ頭部と両手が、中から飛び出す構造となっていた。

 開いた箱の中を覗いてみると、底部は台座となった私の身体、押し込められたようなその素肌で満たされているのが見える。

 その真ん中付近には私のデコルテが浮かび上がっていて、その中央から私の素肌と同じ色の蛇腹状バネに変化した私の首が真上に伸び、その先端に満面の笑顔の表情で固定された私の頭部がくっついてボヨンボヨンと上下に揺れている。

 同時に、鎖骨や肩の盛り上がりの形の両脇からもやはり素肌と同じ色のスプリングに変化した私の両腕が生えていて、その先に私の両手のひらが開いた状態でくっついて左右にユラユラと揺れていた。


 こんな感じで、私の身体は今この場で昭一君を驚かすためだけの、まさに特注品のビックリ箱に変身しているのだった。

 正直、こんな格好をしていること自体に恥ずかしさを覚えていないと言えば嘘になるけれども……。

 それでも、いつも冷静沈着で落ち着いた性格の昭一君の驚いた顔を見るには、これぐらい身体を張る必要がある。そう考えて瞬時に実行に移したのだ。肉を切らせて骨を断つというやつである。

 フッフッフ、流石にこれにはさしもの昭一君も『負けた!』って思ってるでしょ?

 ついに私が昭一君に勝つ日が来るなんて、感慨深い……。

 今の私の顔は満面の笑みを浮かべたまま固定されていて、表情を動かすことはできないけれども、大体この表情とピッタリ一致したような心境だ。万感である。



 頭部と両手を得意げに揺らしている私を眺めながら、昭一君は尻餅を突いたまま、してやられたとでも言いたげな苦笑いを浮かべていた。

「あー、ビックリしたぁ。

 まさかこんなパターンだとは思わなかったもん」

 昭一君が目を細めつつボヤいている。

 フフーン、そうでしょそうでしょ?

 私が本気を出せば、昭一君をおったまげさせることなんか朝飯前なんだから!


「いやー、まさか箱の中から好きな女の子が登場してきてくれるなんて、最高の誕生日プレゼントだよ。

 ありがとうね、ユリさん」


 ……ん? 誕生日プレゼント?

 誕生日…………誕生日?!!


 そのワードの意味するところにようやく行き当たり、私は瞬時に血の気がひいていた。

 やばっ、忘れてた…………昭一君の誕生日、今週だったわ……。

 それぞれに仕事をしているので、スケジュールの都合上、二人水入らずでゆっくりしっぽりできるのは今週で言えば今日くらいのものである。


 満面の笑みの内側で、様々な考えが飛び交い始める。

 昭一君のことをいつも考えている癖して、その彼の大事な誕生日を忘れてしまうなんて馬鹿過ぎでは?

 ていうか、もしかして今、『プレゼントは、わ・た・し♡』をやっているってことになってるの?

 それも、こんな間抜けなビックリ箱の姿にわざわざ変身した上で?

 箱の中には私のデコルテ、そして四角い箱に無理やり押し込まれてムニュっと盛り上がった二つの膨らみと谷間、その素肌が見えている。

 ……彼の誕生日で本人以上に大はしゃぎしているヤバい女だと思われてるのでは?



「やる気満々な状態で待たせてしまうのは申し訳ないけれど、俺帰ってきたばっかりで汗臭いから、急いでお風呂に入ってくるね!」

 そう言って、昭一君は立ち上がり、風呂場の方へとスキップ気味で向かっていった。

 もしかしなくても……私、今夜メッチャクチャ頑張らないといけないのでは……?



 これは、昭一君に目に物見せてやろうと欲をかいた結果、とんでもない“倍返し”をしなければならない羽目になりそうだった。

 現実逃避したさに、箱の中にすごすごと収まり直し、一度外に飛び出してしまったがためにダルンダルンになってしまった両腕で頭を抱える。

 どうしよう……今夜どんな感じにしようかとか、一切ノープランだ……。

 流石に、ずーっと満面の笑顔を貼っ付けたままゴリ押せるわけはあるまい。

 いざとなったら……中学生の頃の姿に変身するという“切り札”でも何でも使って、昭一君に満足してもらわなきゃ……。


 お風呂場から微かに聞こえてくるシャワーの音と昭一君の鼻歌を聞きながら、居間のど真ん中でその白い箱はプルプルと震えているのだった。

 その正面に縫い付けられた名札には、『ユリ』という名前がクッキリとした太文字でデカデカと記されている。

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