プロローグ
状態変化描写は、Cとエピローグが中心です。
参考資料や補足事項などはエピローグの後書きにまとめておきます。
また本作は、プロローグ→C→B→A→エピローグ、という順番になります。
Für ihn, für sie,für uns
プロローグ.
俺に言わせれば“初恋”などというものはホラーだ。
一般常識や人生経験に乏しい多感な思春期の子供が展開する色恋沙汰などというものは、主観的意見や価値観の押し付け合いに終始しがちだ。少なくとも、当時の俺の周りで展開されていたそれらは、そういうものばかりに見えた。男女間の精神発達のギャップも影響するのだろう、よく分からんうちに帰りの会で吊し上げに遭ってたり、徒党を組んだクラスの女子達から総スカンを喰らったりする。悲劇も遠くから見れば喜劇などとよく言うが、当事者からすればパニック、ひいてはホラーなのだ。
しかしどうしてそんな嫌な思い出をわざわざ掘り返すようなことを考えたのかと言えば、適当に回した先のチャンネル、深夜のバラエティ番組のナレーターがトークテーマを情感たっぷりに読み上げていたからだった。
『あなたにとって、“初恋”とは何ですか?』
それを聞いた俺は無意識に、白い卓袱台の向かい側に座って俺と一緒にテレビを観ながら寛いでいるユリさんの顔を、チラリと横目で覗き見ていた。
小柄な体躯に丸っこい顔、パッチリとした二重瞼、ブラウンの瞳に血色の良い唇。家系のどこかで外国の血が入っているのだろうか、顔立ちには西洋の風を感じさせる異国情緒がほんのり薫る。その体型は昔よりふっくらとしているが、彼女の品の良く華燐な印象は、中学校の同級生として初めて顔を合わせた時と同じだ。
セミショートの赤みがかった髪がサラリとなびいて、それ越しに、目尻に微笑みを湛えたような彼女の視線もこちらに向けられようとする気配が見えた。俺はそれを気取るなり照れ臭くなって、素早くテレビの方に視線を戻してしまう。なんでもないように誤魔化したくなって、アルミ缶のタブを爪の先で掻いた音みたいな咳払いをして、鼻からスンと息を吐く。
確かに、俺とユリさんは、同じ中学の同級生として出会い、三年間同じ教室に通うクラスメイトの間柄だった。だから、“初恋”というワードを聞いて真っ先に彼女のことを考えるというのは、自然なことのように思える。
でも、あくまで当時の俺にとってユリさんは、結局のところ自分とはあまりにも別世界の存在で、高嶺の花に過ぎなかった。当時の俺に、『今こうしてユリさんと一つ屋根の下で共に生活している』と言っても、およそ信じないだろう。
それ故に、あの頃の俺が教室の片隅で密かに、かつ一方的にユリさんに向けていた『ショーウインドウの向こう側に陳列された綺麗なお人形さんを眺めている』ような“アコガレ”の視線を、果たして“恋”と呼んでよかったものなのか、正直違和感があった。
では、俺にとっての“初恋”にあたるものとは、一体何になるのだろうか?
ホラーでもない、アコガレでもないそれに、俺は、いついつ出会う?