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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
東京美術学校にて日本画を描くの事
8/72

肆―続

「……もう少しで終わりますから」


 その時、入り口に人の気配を感じた僕は早手回しにそう言った。

 後ちょっとだけ描きたいんだ。ここで邪魔をされたくはない。さっさとその人物を頭から消して模写へ集中する。


 古色を作り出し画面に置く。ここはもうちょっと暗い色。これはもっと濃い緑。古画の退色した様が経過した時を伝えてくる。そうだな、あと百年ほど色を退けて。写し取った線画に古い色を乗せる。描きあがった絵はまだまだ新しさが匂うようで今ひとつ納得がいかなかったけれど。とりあえず今日はここまで、と僕は筆を置いた。

 もうちょっと色を工夫しないといけないなあ。後、ほんの少し色を……


「よくその色を無造作に作るな」

「わっ!」


 まさか人がいるとは思っていなかった。急に聞こえた声に飛び上がって、その辺にあった物を倒してしまう。がたんと音が大きく響いた。


「ああ、すまない。驚かせてしまったかい」

「あ、あなたは」


 ばくばくと煩い心臓を押さえて顔を上げる。


「横山、さん?」

「おう、君は結城先生のとこにいた菱田君だろ」


 そう言って横山さんはニカッと笑った。


「最近、模写の上手い奴がいるって評判になってるからさ。見学に来たんだよ」

「け、見学? 評判って、僕がですか?」

「知らないのかい」

「知りません。なんで僕が……」


 それだよ、と横山さんは絵を指差す。


「その古画の色、よくさらっと出せるな。皆、結構苦労してるんだぜ」

「そうなんですか」

「その色彩感覚は稀なもんだと思う。俺も勉強させてもらいてえくらいだ」

「あ、ありがとうございます!」


 驚いた。こんなに褒めてもらえるなんて。明日、もう少し工夫してみよう。なんだかもっとやれそうな気がしてきた。

 さて、と横山さんは手を叩いた。


「続きは明日にしよう。鍵閉めてもいいかい? 当番なんだ」

「すみません、今片付けます」


 探すともなしに探していた人とは、こうしてまた出会った。知ってて声をかけてくれたってことは、もしかして横山さんも僕を探してくれてたのかな。それなら嬉しいなあ。


 鍵を閉めた教室を後にしながら、次は一緒に描ける機会もあるぞ、と横山さんが話してくれる。途切れない会話に気遣いを感じながら、僕は兄さんみたいだなと余計に嬉しく思った。


「ん? どうしたんだい」

「いえ、なんだか、うちの兄に似ているなと……すみません」

「いやあ、謝ることはないさ。俺も英語学校とか、あちこち行ってたからそういう年齢(とし)だしな。兄貴か。うん、悪くない。それならお前さんのことは、なんて呼ぼうか」

「え?」


 ちゃんと名前を聞いていなかったから、と横山さんが言う。


「俺が兄貴なら菱田君って呼ぶのは変だろう?」

「あ、あの、僕は菱田三男治といいます」

「三男治……じゃあ、ミオさんだな」

「はい、家族にはそう呼ばれてます」

「あっははは! ますます兄貴っぽくなっちまった。俺は横山(よこやま)秀麿(ひでまろ)だ。秀って呼んでくれればいいよ」

「はい……秀さん、よろしくお願いします」

「よろしくな、ミオさん」


 それからというもの、なにかと話す機会が増えて彼は本当に兄さんのように僕に接してくれた。

 なんだか僕の周りは兄さんみたいな人が多いような気がするなあ。

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