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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
落葉の先、黒き猫を追いかけるの事
61/72

捌 どんな絵になるんだろう

 ようやく暖かくなってきた頃、久しぶりに秀さんがやって来た。


「寺崎さんと中国へ行ってくるぜ」

「急ですね」

「いや、前から考えてはいたんだが、やっと折り合いがついてな」


 寺崎さんは確か美校の教員に復職されていたっけ。画塾も開いていたから、折り合いというのはその都合だろうか。


山岡(やまおか)米華(べいか)君も一緒だから、南画を勉強してみようと思ってるんだ」


 珍しい顔ぶれだなあ、どこで知り合ったんだろう。文展の審査委員だったからかな。寺崎さんも酒が好きだって言ってたから秀さんとウマが合いそうだけど……あれ?


「山岡さんて郷里(くに)はどこなんです?」

「高知だそうだ」

「その顔ぶれでの旅行は、だいぶ酒が飲めそうでいいですね」


 いやあ、と秀さんは照れたように頭をかく。僕は褒めてないぞ。


「飲み過ぎは駄目ですよ」

「そうじゃねえ。そうなんだが、そうじゃねえんだ」

「どっちなんですか」

「いや、山岡君は土佐人で作ってる美術会で、洋画家や彫刻家とも一緒にやってるから結構顔が広いんだ。学ぶ機会は多いほうがいいじゃねえか」


 (いぶか)る目を秀さんに向ける。

 ちぇっ、と口を尖らせるのがおかしくて吹き出しそうになった。


「南画も面白そうですね」

「だろ? 寺崎さんが新南画って言われて評判だったろう。そもそも向こうの画風だ。現地で写生してえし、墨もいいものがあったら欲しい」


 楽しそうに言う秀さんが少し羨ましくなった。


 行ってくる、と手を振った秀さんが帰国したのは、ひと月ほど後のこと。

 なぜか驢馬(ろば)と一緒だった。目を点にする僕ら家族の前で、そいつは高い声で(いなな)いた。


北京(ペキン)でこいつに乗って観光したんだが、気に入っちまってなあ」

「はあ」


 そんな言葉しか出てこない。聞けば寺崎さんも買ったという。


「ただ、どうにも鳴き声が煩いんだよ。寺崎さんに相談したら、もう動物園に寄付したって言うし……」


 どうすっぺかなあと、訛りにも気づかず呟いたところは本当に困ってるみたいだ。もう気の毒やら、おかしいやらで腹が(よじ)れる。


「ところで、いいのは描けました?」


 まだ半分笑いながら僕が言う。


「おう、山水の絵巻を描こうと思ってる」

「次の文展はそれですか」

「楽しみにしとけよ」


 この感じだと、もう描きたいものが目の前に見えているんだな。仕上がりが楽しみだ。どんな絵になるんだろう。


「じゃあ、そろそろ帰るよ」


 立ち上がった秀さんは、驢馬を見るとげんなりと肩を落とした。

 置いていくわけにもいかんな、と連れて帰っていったけれど、あの驢馬どうしただろうか。


 あの時の事を思い出したら、また笑いがこみ上げてきた。秀さんのことは考えるだけでも気持ちが明るくなる。

 今は何を描いてるんだろう、あの時言っていた山水の絵にはどんな工夫をしてくるんだろう。それを思うと僕も次は何を描こうかとわくわくしてくる。

 そうすると考えの中から不意に絵の構想が飛び出してきたりするんだ。


 その気持ちのまま、題材を探して周りを見回す。

 家にいると、当たり前だけれど千代さんの働く姿が目に入る。くるくるとよく動く。そういえば、あまり人物を描いていない。今回は美人画を描こうか。


「ねえ、千代さん」


 振り向いた彼女は、前掛けを払いながらやって来た。


「どうしたんです。お茶でも()れますか」

「絵を描かせてくれないかな」

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