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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
落葉の先、黒き猫を追いかけるの事
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陸―続々

「俺は文展の審査委員も務めた。それは確かな評価のひとつだが、絵自体の大きな評価も欲しかったんだ。だから形振(なりふ)りかまわずやってきた。周りにいる俺より上手い奴は皆嫌いだったよ。ミオさんだって妬ましかった。俺があれを描けたらどんなにいいか、っていつも思っていた……」

「秀さん」

「絶対負けねえぞ、ってな。そうは思っても俺はそんなに上手くはねえからなあ。ほら、ミオさんはすぐに上手くなっちまうだろ。俺がミオさんだったら、きっと俺の絵は今より十年も二十年も進むだろうって思った。正直、病気だってわかった時は……」

「秀さん!」


 僕はその懺悔(ざんげ)を途中で切った。

 自分の中に入り込んでいたのだろう。秀さんは、はっとして顔を上げた。

 この人はそういうのも言ってしまうからなあ。言わずにはいられなかったのだろうけれど。


 言わせてやるものか。

 僕はこれでも結構酷いやつなんだぞ。


 僕が嫉妬や恨みという感情を持たないわけないだろう。病気で描けない間、秀さんや皆を羨ましく思っていた。なんで僕だけがと絶望した。まだ心にふつふつと残るこの感情を、こんな懺悔で終わらせられてたまるものか。


「いいんです。そこはもういいんですよ」


 そう言ってしまうのは秀さんの心に負担を()いるのだろう。だけど僕も抱えていくから、だからこれで相子(あいこ)にさせてくれ。

 これは心の奥に沈めてしまうから。


 それでも僕は真っすぐで努力家の秀さんのままでいてくれるだろうと信じている。

 絵を描こう。やりたいことも描きたいものもたくさんある。


「僕らは、これからどういう絵を描くかじゃないですか」


 秀さんは頷いて、もう一度僕の手を握った。



 賞牌を受けたことで『落葉』と同じ題材でという注文が多く入ってきた。

 細川護立氏もそのひとりだ。秋元さんが内覧会で落札したことを残念がっていたと聞いたから、彼の注文には全力で応えたいなあ。


 二曲一双の屏風。

 がさついた木肌は触れそうなくらいに、写実的な木々は賑やかに画面手前に集う。葉の一枚一枚は表を見せて装飾的な繰り返しを連ねていく。若木の背景は余白をとって広がりを見せる。

 薄く明るい色の背景に少しずつ溶ける木々が、奥へと続く距離を感じさせるだろう。


 うん、距離の表し方は難しいけれど、やはりこの描き方は面白い。

 彼はこの木立での散策を気に入ってくれるだろうか。


 次の六曲一双の屏風で『落葉』は終わりにしようと思っている。

 最後にもうひとつ、余白の表現を試したいのだ。


 前に描いた二曲の落葉の構図を横に広げる。まだ散り敷かれたままの落ち葉も木々も手前に置く。杉と柏の若木の傍に四十雀(しじゅうから)


 その後ろに余白を大きく取るような構図。これは下地にも着色しない。()かないことで広がりのその先を(えが)く。


 木々や落葉が見えなくなるその先はどこへ続いているんだろう。この先はどこまで行けるんだろう。


「ねえ、千代さん。天壌無窮(てんじょうむきゅう)っていう言葉があるだろう」

「どうしたんですか、急に」

天地(あめつち)と共に永遠に続いていく。そんな風に、心と空間の永遠を表現することができたら素晴らしいなって思うんだ」


 その空間の先が見てみたい。その先の光を掴みたい。


「それがミオさんの描きたいものなんですね」


 千代さんの言葉に頷く。

 今はまだ目標にしか過ぎないけれど、これは僕の手で描いてやろうと心に決めている。もっと研究を突きつめたら手が届きそうな気がするんだ。

 

 この先の僕はもっと描けるはずなのだから。きっと描いた景色のその先へも行けるだろう。

 僕は描き終えた六曲一双の屏風に落款を入れた。

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