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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
五浦にて絵画制作をするの事
44/72

伍―続

 その審査は本当に大変だったんだぞ、と後で秀さんから愚痴(ぐち)を聞かされた。

 なんだか知らないけれど余程()りたらしかった。あのしかめっ面はちょっと忘れられない。

 それでも五浦に戻ってきた時は、先に帰った僕を見ると顔中を笑顔にして走ってきた。


「おめでとう! やったな、ミオさん!」


 手を取ってぶんぶんと振り回し、バンバンと肩を叩かれる。


「もう、何回目ですか。ありがとうございます!」

「何回だって言うさ。これでやっと、この国でもミオさんの絵が認められたんだ」


 文展の会期中は、仕事帰りにちょっと寄ってみようかなんていう職人さんや、友達としゃべりながら笑う女学生達、子どもの手を引いた母親、近所の爺さん婆さん。

 ひと月余りの間に老若男女様々(さまざま)な人が見に来ていて、延べ四万四千人の入場者数だったそうだ。


 普通、絵の展覧会場にいるのは画家志望の人がほとんどなのだから、文展はいつもと全く違う客層に見てもらえる、本当にまたとない機会だったのだ。


 素晴らしい作品も数多く出品された。

 木島(このしま)櫻谷(おうこく)さんの『しぐれ』の叙情的な表現と暖かさ。京都画壇の作品にはなかなか触れる機会がないから、いろいろ参考になった。

 木村君の『阿房劫火(あぼうごうか)』も良かったな。鮮やかな炎とその照り返し、濛々(もうもう)と上がる黒煙の中から人々の嘆きが聞こえるようだった。


 観山さんの『()()(あき)』は光琳のような装飾性の高い作風で、僕も勉強したいと思っているところだ。

 ああ、本当に良い作品が多くて面白い。来年も開催されるだろうから今から楽しみだ。


 文展で賞牌を得たことで画商の訪問が少し増えた。もっと来てくれるといいのだけれど、愚痴ばかり言ってもいられない。僕は次の課題に挑戦するのだ。


 ぼかしの手法はしっとりとした空気を表現するにはいい。逆に言えば立体感や存在を表現するには適していない。

 例えば、岩肌のごつごつした質感や立体感を確かに()るように表現してみようと思う。


 滝壷で砕け散る水滴や落水の空気はぼかしで表現できる。水面の様子も工夫してもっと揺れるように、滝水の重さを感じるように表現しよう。ここまではいい。

 問題はこの岩肌。墨の濃淡と点描と……皴法(しゅんぽう)、か。斧で削り取ったような表現で岩壁の実在感を出してみる。岩の向こうにも紅葉した木々の枝を伸ばして。


 少し目が(かす)む。

 線が、(ゆが)んで見える。

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