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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
五浦にて絵画制作をするの事
42/72

肆―続

「まあ、向こうがそれでやるってんなら仕方ねえ。文展は文展だ。俺達は余計にいいもんを出さねえとな。きっちり俺達の力を見せてやろうじゃねえか」


 喧嘩じゃないと観山さんが頭を抱えた。

 だけど秀さんの気持ちはわかるな。いいものを出さないと何を言われるかわかったもんじゃない。


「ようし! やってやろうぜ」


 鼻息を荒くして拳を握る秀さんに観山さんは苦笑いだ。ただそれに返す口調は気迫が違う。


「だから喧嘩じゃないって言っているじゃないか」


 まったく、ふたりとも負けず嫌いなんだから。くすっと笑いながら筆をとる。

 さて、今日も点描をのせていこう。時間は取られるけれど、手間をかけるだけの価値がある。本当に色の見え方が面白い。別の技法を見つけるまではもう少しやってみたいと思う。


 ただ色を置いていくと、時折、目が霞むことだけが厄介だ。

 あっという間に時間が過ぎていく。気づくと外は暗くなり始めていた。


「菱田さん」

「安田君? どうしたんだい」


 片付けをしていたところに安田君の声がした。今村君に背を叩かれながら、緊張した表情で僕の前に座る。


「……この部屋、やっぱり緊張しますね」

「うん?」

「初めて来た時も思いましたけど、ここって修練場みたいじゃないですか。なんか緊張するっていうか怖いっていうか」

「そうかなあ、広いし絵が描けるし別になんともないよ」

「菱田さんだけですよ、そんな風に気楽に言ってくださるのは」

「そうかい?」


 安田君の表情はなかなか緩まない。僕はそんなに怖い顔をしているのか。絵は描けているかと聞いてみたけれど、返事は上の空だ。困ったなあ。


「靫彦、お前が話さなきゃ駄目だろう」


 今村君が小さな声で激励する。

 その言葉に、うん、と頷いて意を決したように今村君が話し出した。


「正派同志会の話は聞かれたでしょう。文展のために旧派が会を作ったなら、私達も新派として会を作って対抗した方がいいんじゃないでしょうか。趣旨は古代の作画法の復興と、これからの絵画の発達を考えること。それを基本にしたいと思ってます。会の名前は『国画玉成会(こくがぎょくせいかい)』としました。参加していただけませんか」


 言い切ってほっとした表情の安田君を見て、今村君も口を開く。


「お願いします。岡倉先生に会長を受けてもらったけど、勢いで若手で会を作ったって俺らだけじゃ重みがない。少しは名前の通った人に参加してもらえるといいって……いってえ!」


 安田君が、言い方! と小さな声で叱り、今村君の脇をつつく。

 ああ、このふたりは本当に仲がいい。互いに補い合っている感じがして微笑ましい。


「私、共進会に出されてた『水鏡』に感動して絵を描き始めたんです。『絵画について』も読みました」


 安田君はあの絵を見てくれたのか。これは嬉しいことを言ってくれる。


「うん、参加させてもらうよ」

「……はい? あ、ありがとう、ございます」

「ずいぶん、あっさり言うんだな」


 二人はそろって拍子抜けしたように詰めていた息を吐き出した。


「うん、岡倉先生が会長なら、趣旨(しゅし)が僕らのやってきたことや美術院の基本と重なるのもわかる。新派として印象づけることもできるだろう。若手だからと馬鹿にする気もないよ。僕らもそうやって雅邦先生や岡倉先生に助けてもらってきたんだ」


 僕が言うと、二人は目を見開いて固まった。

 僕がすぐに参加する、って言うのは想定外だったのか? そりゃあ僕は人見知りだけど、若手に協力するのに(やぶさ)かではないぞ。


 勢いよく礼を口にすると今村君が安田君を促して立ちあがる。この会で新派が一丸となるなら文展も盛り上がるだろう。彼らは興奮したようにバタバタと戻っていった。


 ごたごたは多少あったけれど、兎にも角にも文展は開催される。

 残る時間も少なくなってきた。玉成会は全員、文展への出品が必須なのだ。僕も描き込んで仕上げをしなくては。

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