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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
日本美術院奮闘するの事
28/72

陸 弱い自分が顔を出した

 出品してひと息ついたけれど、画家として描くのは学生時分とは違う緊張感がある。絵を描くことは生活の手段でもあるのだ。だから手は止められないし、出品した絵も駄目だと思われたら全く売れなくなる。絵が売れなければ美術院の運営も難しくなってしまう。


 展覧会は全国で開かれたけれど、厳しい現実を目の前に突きつけられることも多かった。僕の描きたいものは、どちらかといえば研究所としての美術院のあり方に寄っていて、実験的な絵を描くことが多かったのだ。


 ああ、自分に言いわけをしても仕方ないな。つまり、僕の絵はあんまり売れなかったのだ。最初からこれでは千代さんにも呆れられてしまう。


 それでも芸術を描くのが僕らのやるべきたったひとつのことなのだ。

 研究すべきことはいくらでもある。配色も、水墨画の手法も、狩野派の技術も、写実の生かし方、光琳(こうりん)の装飾性、西洋画の遠近や光の表し方、ぼかしの方法だってひとつとは限らない。今はとにかくなんでも試してみたい。


「まだ描くのかい」

「えっ? もう描かないんですか」


 描きかけの下絵から顔を上げると秀さんは困ったように笑っていた。


「せっかく出展する機会が増えたし試したいこともあるし、どちらにしろ描かないわけにはいかないでしょう」

「ミオさんは本当に絵ばかりだな」


 だが描かなきゃ始まらないか、と独りごちて秀さんも筆をとる。

 なんだい、結局自分も描くんじゃないか。僕のことばかり言えないぞ。



 昨今は歴史画が流行りだそうだから、今回の題材は『六歌仙(ろっかせん)』にしようと思っている。

 やまと絵の伝統的な画題なのだ。西洋画の手法を取り入れるなら、尾形(おがた)光琳(こうりん)の絵のように装飾的な表現が合うのではないかな。


 ちょうど美校で三十六歌仙の模写をしたことがあったから、そこから構図を考えている。

 扇や太刀も細かいところまで写実的に描きたい。確か、僧の法衣(ほうい)(くらい)があったな。それに衣の意匠も品良く飾りたいから装束の資料も探してこなくては。確か光琳は呉服屋の人だったな、意匠も(じか)にたくさん見られたんだろうなあ。


「下絵まだ描くのかい。もうだいぶ描いてるじゃないか」


 秀さんは迷ってるとか、上手くいかないとか、そういう気持ちを見透かすように声をかけてくれる時がある。僕の頭の中が見えるのか?


「少し納得できないところがあるんですよね。それで時間がかかってるんですけど」

「ふうん、必要なところは煮詰まってきてるように見えるし、一旦、整理するといいかもしれんぞ」


 そうか、手元にあるものをこねくり回すより、整理した中から取り出すほうが上手くいくのかもしれないな。

 ぼんやり考えていたら秀さんの言葉に頭を殴られた。


「この小町は千代さんに似てるな」

「なっ、なんですか! 似てませんよ。千代さんはもっとこう、はっきりした可愛……」


 おっと、のせられるところだった。きちんと口を閉じておこう。


「うん、もっと明るくてはきはきした感じだったか。千代さんは春の野花の雰囲気があるよな。そうだ、ミオさんの画号みたいじゃないか……って、どうした?」


 それ掘り下げてくるのか! 頭に血が上ってがんがんと殴られているようだ。顔が熱いのに冷や汗が流れる。思わず襟元を握りしめた手が震えた。


「おい、どっか悪いのか。大丈夫か!」


 なんでわかったんだろう。兄さん以外、千代さんにだって言ったことないのに。


「だい、じょぶ、です」

「んなわけあるか! 顔色がおかしいぞ。ずっと寝るのも食うのも忘れて描いてたって、千代さんが心配して俺に言ってきたんだぜ。自分が言っても聞かないからってな。本当に疲れて具合悪くなったんじゃねえんだろうな」


 違うんだ、これは驚いただけなんだ。


「もう切り上げて今日は休みますから。一晩寝れば平気ですよ」

「食う寝るを忘れて描くのは俺もわかるけどな、ミオさんはやり過ぎる時がある。千代さんはそういうところを、まだよく知らんのだろう? それなら余計に心配かけるのはよくないぜ」

「わかってます。ほら、ちゃんと動けるでしょう。大丈夫ですから」


 立ち上がって動いてみせて、秀さんの心配を強引に押し切った。

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