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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
日本美術院奮闘するの事
27/72

伍―続

 驚いた。あの屈原の詩からそんな解釈をするのか。

 この画題は孤影蕭々(こえいしょうしょう)と死に向かう(さま)で表されることが多いけれど、恨みをぶつけるかにも見える厳しい表情は、あえて描かれたものなのか。


「多分、批評家連中もそこをつつくんだろうよ。こんな怒り狂った顔の屈原が入水なんかするか、ってな」


 秀さんはコホンとひとつ咳払いをする。


「俺は賞牌なんてどうでもいい。醜いとか原典理解が足りないとか言われてもいい。なんと言われても絶対にこの絵を出したいんだ」


 屈原の境涯が岡倉先生と似ている。そう思って島村先生のところで勉強していたのか。詩の解釈を練り直して先生に重ね合わせて描いたんだな。

 秀さんは本当に一途(いちず)な人だ。こんな人だから、ああいうやり方で先生を追い出した美校も、醜聞(しゅうぶん)を書き立てた新聞も、どうしても許せないんだろう。


「で、ミオさんは? 『寒林』出すんだろ」


 照れ隠しのように秀さんが言った。


「はい、それと『武蔵野』も出そうと思っています」

「二つ出すのか。『寒林』は評価が難しそうだな」


 確かにあれはかなり実験の色が強い。


「不思議な空間にいるみてえだ。だが、それが冬木立ってことだけでなく他の意味にも繋がってるようで、俺は面白い作品だと思うぜ」

「ああ、そういう見方もできるんですね」


 これは僕の描き方が未熟だからだろうな。どこかこの世のものではないような、浮き上がるような感じになってしまったのだ。

 寒林には墓所の意味もある。ただの冬枯れの林じゃなく、秀さんのように意味を深く読んで評してくれる人がいるのは嬉しいものだ。



 出品者した共進会では、やはり『屈原』が大きな話題になった。せっかくの銀牌なのに、秀さんが予想した通り良い評価だけではなかったのが残念だったけれど。

 もう一点の銀牌は観山さんの『闍維(じゃい)』という作品だ。ふたりが良い成績を残せたことで、美術院はなかなかいい出発ができたと思う。


「観山さんは仏画を描いてたんですね」


 西洋でも仏教思想に関心が高まってきたそうだから、岡倉先生も仏画を題材にした絵を募集されていた。この絵はそれに対する観山さんの答えでもあるんだ。


「これでも色々と怒っているんだが、私は小心者だからねえ」


 観山さんは少し困ったような表情で言った。


「美校を出て新たに出発した岡倉先生と重ねて見せても、横山さんのように直接的な描き方はしない。西洋絵画のやり方や濃淡の表現を使っても、君の『寒林』のようにそれだけでは描かない。そういうところがね」


 釈迦(しゃか)荼毘(だび)に付す場面。この時に母のために説法(せっぽう)をしようと光明(こうみょう)を放つ。その仏教における再生の考えに、岡倉先生への気持ちも重ね合わせたのだろうな。

 鮮やかな色彩の衣は質感も濃淡で表現されていて、これは特に参考になる描き方だ。


「西洋画の手法を盛り込んでいろいろ探ってみたが、さすがに消化不良気味といったところだねえ」


 観山さんは受け入れられやすいがそれまでだろうと続けた。

 そんなことあるもんか。こんな風に描けるのはすごい。受け手の感情まで考えて、これだけのものを作りこんできたんだろう。


 今まであまり描かれていなかった題材に、手法や考えを混ぜ込んでまとめて、ひとつの作品に仕上げているのはこの人の上手(うま)さだ。僕ももっと描き方を研究してみなくては。


「これで消化不良って、とんでもねえな」

「ま、今のところは私をすごい絵描きだと思ってくれたらいいさ」


 観山さんは秀さんに言い、僕を見てニッと笑った。


「ちぇっ、言うなあ……にしても西洋絵画の亜流、か」


 苦笑いの秀さんから、今度はため息と一緒にぼやきが出る。

 今回、批評家に突っ込まれたのはそれだった。僕らの絵は亜流でしかないのだそうだ。


「輪郭線をどうこう言うから描かなかったのに、やったらやったで()しざまに言われるのではたまりませんね」


 僕が言うと観山さんの笑顔も苦笑いに変わった。


「まあ、そこは仕方がないさ。やっていることは西洋画の手法からきているし、始めたばかりだからまだ中途半端なのだろうねえ」


 観山さんの言葉を受けて秀さんが言う。


「それでも俺達が表現したいものは、きっとその先にあると思うんだ」


 そう、きっとそうだ。僕は秀さんの言葉に大きく頷いた。

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