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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
日本美術院奮闘するの事
23/72

参―続

 美術界波乱の真相だの、美校騒動だのと、あんな怪文書を真に受けているのか酷い書かれようだった。

 先生の教えを受けたこともないのだろう? 妄言(もうげん)もいい加減にしてくれ。そんなものと美術に対する考えを一緒に語ってほしくない。誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)ばかりで腹に据えかねる。


 なんとかそれを心に沈めて授業に臨んだけれど、学校中がざわついてまともな授業にもなりはしなかった。

 そして騒ぎの挙句、九鬼男爵は岡倉先生を排斥する方向に動き出す。結局、先生は美校の校長、帝国博物館の理事などすべての職務を辞任された。


 それを聞いて急遽(きゅうきょ)、美校の教授陣が集まった。


「岡倉先生がお辞めになるんなら俺も辞める。これだけ美術界のことを考えている方が美校を追い出されるなんてあり得ん。こんなギスギスした雰囲気の学校にいたって、いい絵が描けるわけもねえ」


 興奮して思わず出たのだろう。秀さんは、どこか平坦で尻上がりな北関東訛りで叫ぶ。


「私も納得できないね」

「先生の辞任を取り消すことはできないんですか」


 それをきっかけに皆がざわざわと騒ぎ出す。

 秀さんは僕の前で、どうするんだと詰め寄ってくる。


「こう言っちゃなんだが、ある意味ミオさんも原因のひとつだぜ」

「どういうことですか」

「卒業制作だよ。岡倉先生の鶴の一声で決まったんだろ? それも因縁のうちらしいって聞いたぞ」


 あのやり取りだと確かにそうだったかもしれないな。あのことがなかったとしても、僕は福地先生とはそりが合わないし彼の元で絵を描く気もない。

 僕は岡倉先生の理想を描きたいんだ。だから先生が辞職されたと聞いて、もうすっかり自分も辞める気になっていた。


「ここで騒いでいるだけじゃどうにもなりません。いずれ岡倉先生からお話があるでしょうし、それまで自分の考えをまとめておくというのはどうでしょうか」


 観山さんが皆を見回して言う。


「事ここに至ってそんな悠長なことは言ってられんよ。俺は岡倉先生の辞任に抗議するために美校に辞表を出す!」


 慎重論を言う観山さんに反対する秀さんは、堪えきれないように立ち上がって声を上げた。


「ああ、確かにその点は主張しなくてはならん」

「私も辞表を出そう」

「そうだな。抗議すべきは抗議しないと、あちらの派閥の専横を許すだけだ」


 発言に賛同の声が上がった。


「ありがとうございます! 俺みたいな()()助教より、教授の皆さんのお名前があったほうが効果的だと思います。俺達の覚悟を美校に叩きつけてやりましょう!」


 顔を赤くした秀さんの声に、期せずして拍手が起こる。観山さんもひとつため息をついた後は、頷いて拍手を送っていた。

 この時、西洋画科以外の教授陣は、雅邦(がほう)先生を筆頭に三十四名全てが辞職願を提出し、抗議の意志を表明したのだった。


 これがまた次の騒動の元になってしまう。

 今度は学生達が、岡倉先生や雅邦先生の辞職撤回を求めて美校に抗議したのだ。こうなると文部省としても捨てておけない。なにせ官立の美術学校なのだ。存続のためにと慌てて慰留(いりゅう)に乗り出してきた。


「川端先生は残られるそうですよ。他に……十二名でしたっけ。辞職願を撤回したらしいですね」


 噂話を横で聞きながら、一矢くらいは報いたかと秀さんは腕を組んだ。

 僕も少し溜飲(りゅういん)は下がったけれど、まだ不安なことがある。


「美校はなんとかなりそうですね。あとは僕らに絵を描ける場所があったらいいんだけど」

「岡倉先生は新たに美術院を作るお考えだぜ」

「本当ですか!」


 秀さんはニッと笑う。


「こういう時、下っ端は走り回るもんさ。少しだが先生の使い走りをさせていただいた。俺達、辞職組は先生と一緒にやっていける。これからも大いにやろうじゃないか」


 僕らの辞職願が受理されて、やっと騒動に決着がついた。

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