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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
日本美術院奮闘するの事
22/72

参 美校騒動

 教室の中が騒がしい。


「おはようございます。皆さん、どうしたんですか」


 何でもありません、と慌てて紙を片付ける学生達を不思議に思ったけれど、とりあえず僕は授業を始めることにした。


「では始めます。今日は……」


 騒がしかった教室内も描き始めると静かになった。

 教室の中を巡り作品を見て歩く。この学年は皆、基本ができているからな。集中して描けているようだし邪魔な音は不要だろう。

 それなら僕も描いてみようかと筆をとる。次の共進会への参考になるかもしれない。


「……菱田先生」

「木村君? 描き方の質問かい」

「あの、授業終わりですけど、提出物は集めてここに置いていいんですよね」


 しまった! 時間を忘れてた。

 駄目だなあ、描き始めると夢中になってしまう。僕は並べられた絵を見て頭を掻いた。


「すまない、ありがとう」


 研究科も一緒に描いていたから木村君がいてくれてよかった。僕より二つ下なのによく気がつくし、よく助けてくれる。もしかして頼りなくて放っておけない、なんて思われているのだろうか。ここは慕ってくれてると思いたいところだ。


「先生、私、中尊寺(ちゅうそんじ)金色堂(こんじきどう)の修復で出掛けることになったんです。こういうのお手伝いできなくなるんで気をつけて下さいね」

「修復かあ、大変そうだけど頑張ってくれよ」


 はい! と、はりきって返事をする木村君が眩しい。卒業したての僕もこんなだったのかなあ。ほんの少しだけの昔を懐かしく思う。

 おっと、懐かしむよりもこれからのことだ。次の絵を考えておかないと。それに、さっきのことも気になる。


「ところでさ、あれ何だったの」

「皆が隠したやつですか。先生、もしかしてまだ知らないとか?」


 なんだか不安になる言い方だな。

 木村君は懐からくしゃくしゃになった紙を僕に出してみせた。


「何これ」

「怪文書ってやつですよ。出元は、多分ですけど福地(ふくち)復一(またいち)先生だと思います」


 なんだこれは。しわくちゃの文書を読み終わった僕は唖然として木村君を見た。


「これのどこまでが本当かわかりませんが、美校中にばら撒かれているらしくて皆も困惑しています」


 どうしたらいいんだろう。こんな文書を見て、岡倉先生はどう思っていらっしゃるだろう。


「ミオさん? どうした、顔色悪いぞ。大丈夫かい」


 ひょいと顔を覗かせた秀さんが驚いたように言う。

 そんなに酷いかな。ああ、僕は自分が思っているより動揺してるのかもしれない。


「秀さん、これ」


 紙切れを差し出す手が震える。秀さんは知ってるよと渋い顔をした。


「同じものが新聞社にも渡ってるらしい」


 美校の外へも? なんだってそんなことをするんだ。


「福地先生は九鬼(くき)隆一(りゅういち)男爵に取り入ってるって話も聞いたぜ」

「九鬼男爵って帝国博物館の? 岡倉先生の上司に当たる方じゃないですか。こんなのを書かれた上にそれじゃあ、理事の職もどうなるか」


 福地先生と岡倉先生の間に何があったのだろう。


「学科の件で二人の間に意見の対立があったのも確かだし、福地先生が美校から出されるって話もあったし……その辺りが元で遺恨が深くなったのかもしれんな」

「それで岡倉先生は」

「九鬼男爵のところへ話をしに行ってるそうだ。どうあれ、その結果待ちだな。今は静かに待つのがいいだろう」


 僕らは無力だな。先生のために何かできることがあればいいのだけれど、待つしかできないのが悔しい。

 ところが静観を決めた僕らを嘲笑うかのように、その日から新聞は連日大騒ぎだった。

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