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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
東京美術学校にて日本画を描くの事
17/72

玖 兄さんに会いたいなあ

 為吉兄さん、お元気ですか。

 先日、東京美術学校を首席卒業となりましたのでご報告します。

 兄さんには本当にお世話になってばかりで感謝申し上げるしかありません。


 卒業制作のことなんですが、描こうと思っていた『南都焼討』の構想では歴史を表現することが難しく、『寡婦と孤児』という絵を描くことにしました。

 

 家族のあり(よう)を通じて、命というもの、人の世の儚さ、それから戦の無情や不安、緊張の瞬間を表現したつもりです。

 評定では長時間にわたる議論が交わされ、あわや落第かとも思われたのですが、無事、優等第一席を取ることができてほっとしています。


 美校での成果として卒業制作を兄さんに贈ろうかとも思ったのですが、少し情景が暗いので校友会で第二席を取った『鎌倉時代闘牛図』を贈ろうと思います。

 今見ると拙い部分も大いにあるのですが、鳥獣戯画(ちょうじゅうぎが)一遍上人絵詞いっぺんしょうにんえことばの模写からの学び、やまと絵の工夫など、美校で勉強した絵の技術や色々なものを詰め込んで描いたものです。

 家に飾るなら絵柄が明るいほうがいいと思いますので、こちらを贈りますね。


 実は卒業制作を描く時に似顔絵などを描かせて下さった女性がいるのです。

 野上(のがみ)千代(ちよ)さんといって、お父上は旧萩藩(はぎはん)の方でしたが、実はお母上のご実家が飯田だったことが後からわかって偶然に驚いてしまいました。

 千代さんは細面(ほそおもて)で、目のくりくりした可愛らしい方なんです。撫子がよく似合うんですよ。兄さんにも紹介したいし、一度、飯田を見せてあげたいなあ、なんて思っています。まあ、当分それは忙しくて叶わないのですけどね。


 それとね、画号をつけたんです。

 とても気に入っているので余程のことがない限り変えないつもりです。

 飯田藩儒学者の(らい)春草(しゅんそう)の「実践躬行(じっせんきゅうこう)」、困難にあっても理想に向かって常に実践するという考えに共感したので、そこから春草(しゅんそう)とつけました。


 ……ということにしておいてください。皆にはそう言おうと思っているので。

 もちろん、この考えが嫌だっていうことじゃないんですよ。むしろ、そうしなくてはならないと思っています。


 だけど、千代さんが春草(はるくさ)のように可愛らしかった、なんて言ったらきっと揶揄(からか)われるに決まってるでしょう。だから兄さんだけの秘密にして下さい。

 絶対、絶対秘密ですからね。約束ですよ。


 徒然(つれづれ)に近況を書きましたがキリがないのでこの辺りにしておきます。本当はもっともっと色々なことが書ききれないくらいあるんです。

 兄さんに会いたいなあ。会ってたくさん話したいです。


 そうだ、肝心なことを忘れていました。

 この秋から帝国博物館に委嘱(いしょく)された古画模写事業に参加する予定です。かなり大規模な事業らしくて京都や奈良の古社寺、高野山など色々回るらしいです。まさか事業で行くことになるとは思いもよりませんでした。


 兄さんもお仕事や研究でお忙しいでしょうが、お体にはお気をつけて。



               菱田(ひしだ)春草(しゅんそう)


  兄上様

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