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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
東京美術学校にて日本画を描くの事
16/72

捌―続

「岡倉先生、いつお戻りに?」

「たった今だよ。私も評定が気になっていてね。急いで戻ってきたんだ」


 ああ、岡倉先生が戻られたのか。


「決まったかね? やはり優等は『寡婦と孤児』かい」

「岡倉先生!」

「貴方はこの絵に優等をつけるつもりですか! こんな化け物絵に」

「福地先生、化け物絵はないでしょう。この一場面を、時間ごと切り取ったような巧みな描写だ。空間の処理もなかなか見事じゃないですか」

「実はまだ意見が割れていまして……」


 遠慮がちな下村先生の声に岡倉先生が応えられた。


「ふむ、そうか。では、私が校長として『寡婦と孤児』に優等第一席をつけよう」


 いきなり何なんだ、勝手だ、と評定の場に怒号が溢れる。


「横暴ではないですか。貴方の意見だけで決まるのなら私達の評定は無駄ということですか!」


 福地先生の叫び声が悲愴なまでに聞こえてくる。僕はただただ混乱していた。


「ここまで長い時間をかけて評定を続けたなら意見も出尽くしたでしょう。であればこそ、私は校長としての権限でこの作品を最優等とします」

「では、決まりですね」


 宣言するように、少し大きな下村先生の声がした。


「優等第一席は『寡婦と孤児』に決まりました」


 最、優等……? 僕の絵が第一席? 嘘だろう? さっきまで散々な言われようだったのに。

 僕の肩をポンと叩いて神来さんが頷いた。


「おめでとう。鶴の一声、だな」


 本当に岡倉先生が最優等をつけてくださったのか。夢じゃないんだ。

 同期の皆がわらわらと寄ってくる。


「俺は、お前はやるやつだと思ってたよ」

「やっぱり、どこか違うんだよなあ」

「とにかく、おめでとう!」


 わしわしと頭を撫でられたり、肩を叩かれたり、教室で待っていた皆にもみくちゃにされた。


「ありがとう! ありがとうございます!」


 この作品を描いてよかった。僕が描きたいことが伝わったのが嬉しい。雅邦先生が声を上げてくださったのも、岡倉先生が褒めてくださったのも、嬉しすぎて頭の中が真っ白だ。

 僕は岡倉先生の理想とする日本画に一歩でも近づけただろうか。半歩でもいい、そちらに目を向けただけと言われてもいい。今はまだ難しいかもしれないけれど、いつか絶対、先生の理想を描いてやる。



 卒業成績の発表が終わってようやく一段落した。

 さてと、手紙を何通か書かないといけないな。まずは飯田の父上に卒業の報告をしなくては。

 また唯蔵(ただぞう)(すす)を集めるように言ってもらおう。あれは面白い色になるんだ。天井裏に登って煤取りをすると真っ黒になってしまうし、仕事をすることになったから残念だけど家に行けない。(しゃく)だけど、やっぱり弟頼みなんだよなあ。うん、これは仕方がないことだな。


 本当は飯田に帰って直接会って話したい。唯蔵とだって会いたい。煤を取れって言ったら喧嘩になるかもしれないけれどね。一度、帰りたいなあ。

 いけないいけない、せっかくめでたい卒業なんだ。しんみりしてないで前を向こう。駆け出しとはいえ、僕は兄さんの希望だった画家になったんだぞ。


 そうだ! 秀さんにも最優等を取れたことを知らせよう。あの人はなんて言うかな。それとも黙ってて僕も事業で来たんですよって、びっくりさせるのもいいかな。会えたらきっと大きな声で笑って、待ってたぜって背中を叩かれるんだろう。ふふっ、会うのが楽しみだなあ。

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