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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
東京美術学校にて日本画を描くの事
12/72

陸―続

「やあ、どうだい? 俺の絵は」

「秀さん」


 悪戯小僧のように笑う秀さんに、対する下村さんも口の端をきゅっと上げる。


「卒業制作の中でも最高点だったそうだよ」

「そうなんですか! それはすごいですね。ああ、でも納得だなあ。すごく気持ちがこもっていて、こちらまで笑顔になります」


 僕が言うと下村さんは、にやにやしながら秀さんを見た。


「ただねえ」

「あっ、こら! 言うなよ」


 そう言う秀さんを、まあまあと西郷さんが邪魔をする。


「この人、学科がまるで駄目でさ」


 じたばたする秀さんを制した二人は、首席卒業とはいかなかったよと笑った。

 がっくりと肩を落とした秀さんは、ため息をつきながら頭を掻く。


「まあ、その、なんだ、ちょっと絵に集中しすぎてな……ああ、とにかく! 俺はこれで一足先に卒業だ。お前さん達は俺より断然上手いんだから、これからも精進しろよ」


 この笑顔が見られないのは寂しくなるなあ。


「卒業後はどうするんですか」

「京都府画学校で仕事が決まってる。仏画の研究もしてえなあ」

「秀さんもがんばってくださいね」

「おう、もちろんだ!」


 秀さんがいつものように朗らかに旅立ったのは、それから少し後のことだった。


「ううん、あの人がいないと張り合いがないなあ」


 ため息をつきながら下村さんが言う。


「賑やかでしたもんね」


 それだけじゃないぞと下村さんは少し厳しい顔になった。僕も思わず背筋が伸びる。


「横山さんはね、ここの四年間の学校教育だけで画家としての基礎を身につけて、その技術でもって仕事に()いた初めての人なんだ」


 そうか。秀さんのことは美校の授業がいかに理にかなったものか、いかに身につくものかの証明っていうことなんだな。下村さんのように弟子入りして絵を習っていた人が多い中ですごい成果なんだ。


「まあ、彼の吸収も早いのだがねえ。身近にものすごい早さで追いかけてくる者がいるっていうのは、嬉しいが結構怖いものでさ。横山さんがいる間は、結構な緊張感があったんだよ」

「私は描き始めた時期が少し遅かったし、横山さんは得難(えがた)い目標だったよ。いや、今でも目標だな」


 そう言った西郷さんは下村さんと頷き合う。秀さんは二人にとって好敵手というやつなんだ。


「だから次は私達が君の目標にならなくてはいけないねえ」


 二人の言葉がありがたい。寂しがってなんかいられないと僕も大きく頷いた。

 そしてこの人達は自身の卒業制作で有言実行したのだ。


 やまと絵というのは物語を絵に表したものが多い。下村さんは『熊野観花(ゆやかんか)』という画題で、伝統的なやまと絵の中に新しい表現を加えて自分の絵にしてしまっている。こういうのが得意なんだと自分で言えるのはすごいな。小さい頃から描いていると自分の絵というものができてくるんだろう。


 そして西郷さんの『俊寛(しゅんかん)鬼界ヶ島(きかいがしま)決別(けつべつ)()』は、宮内省がお買い上げになられたのだそうだ。雅邦先生の薦めもあって西郷さんは研究科に残ることが決まった。


 僕はまだ二人の足元にも及ばない。こんな人達と絵を描けるなんて僕は幸せ者だな。いろんなことを見て習っておこう。参考になるものがいっぱいあるんだ。


「私は来年から教授方だからよろしくねえ」

「美校の先生になるんですか!?」


 下村さんはふざけてふんぞり返ると威張った口調で言った。


「ふふん、来年からは下村観山先生と呼んでくれたまえ」

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