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つきが世界を照らすまで  作者: kiri
東京美術学校にて日本画を描くの事
11/72

陸 僕らは並んで秀さんの卒業制作を見る

「第三?」

「はい」


 僕が第三教室を選択したと言うと、そこにいた皆は揃って不思議そうな顔をした。


「雅邦四天王は第二教室で安泰だと思ったんだがねえ」


 下村さんが言うと西郷さんも、うんと頷いた。

 その四天王っていうのは、秀さん、下村(しもむら)観山(かんざん)さん、西郷(さいごう)孤月(こげつ)さん、それに僕の四人なんだそうだ。雅邦先生が教えている学生の中でも抜きん出ている、なんて言われているらしい。


 三人はともかく、年下で学年も下の僕が混じるのはどうかと思うんだよなあ。烏滸(おこ)がましいというか、面映(おもは)ゆいというか。本当は嬉しくて自慢したいんだけれど、それを表に出すのはさすがにね。

 秀さんは、そんな僕の肩を叩いて力強く言った。


「まあ、何にせよ描くのには変わらん。しっかりやれよ」

「はいっ!」


 僕は先に教室を出たので知らなかったけれど、その後、秀さんが言ったそうだ。


「しっかりやらなきゃいかんのは、こっちだぜ」

「横山さん?」

 ──────────

 西郷に(いぶか)しげな顔を向けられ、横山は苦く笑った。


「なあ、下村君、西郷君。あいつの校友会臨時大会で選ばれたやつ見ただろう」

「『鎌倉時代(かまくらじだい)闘牛図(とうぎゅうのず)』か。あれはよかったなあ」


 西郷が言うと横山は渋い顔のまま頷く。


「あれで改めて先生方の目に留まったんだろう。あえての橋本雅邦より川端玉章ってことだ。写生を基礎として制作を進めるようにってことなんだろうぜ。他で修行しろってことじゃねえか」

「彼は怖いよねえ、侮ってはいけないよ」


 寒気を感じたように肩を抱いた下村に横山が問いかけた。


「下村君? どういうことだ」

「私はね、小さい頃から描いていて師匠に画号もいただいているし、正直、美校では誰よりも描けていると自信を持っている。あの時も一席だったから二席は誰だろうと思ったんだ」

「当然そうに言うんじゃねえよ、言い返せねえだろ」


 横山のふざけた口調には、隠しようもなく妬心(としん)羨望(せんぼう)が混じる。

 そもそも校友会での賞牌(しょうはい)は、開校以来の全生徒の全作品を対象にしていた。当然、下村の他作品、横山や西郷の絵も含まれる。その中から選ばれるものだったのだ。


「聞いたら二席は日本画を描き始めたばかりの子だって言うじゃないか。あれの前に描いたのは雅邦先生の模写のような絵だったらしいよ。それが今度は、やまと絵の細かい表現に色彩の豊かさ。これってどういうことだい」


 そういえば、いつも仏画や物語絵の模写をしていたと西郷が言う。下村がそれに頷いた。


「描けるようになるまでが早いんだ。狩野派の次は土佐派です、みたいにさ。まるで試験を重ねて論文でも書いてるような描き方に見えるよ」

「なるほどそれは怖い。でも本人が意識しているかどうかはわからないが、彼が描く時は実に楽しそうなんだ。羨ましくなるくらいだよ」

「西郷君、のんきに言ってる場合じゃないよ。私達は先輩なんだから負けるわけにいかない。彼の前を行かなくては」


 下村の言葉に、横山は目を光らせた。

 ──────────

「負けてられん。四天王なんて浮かれてたら置いていかれるぜ」


 秀さんはそう言って、また目の色を変えて描くようになったんだと下村さんが言った。

 僕らは並んで秀さんの卒業制作を見る。目の色を変えてなんて言うから荒々しい絵かと思ったけれど、その絵の中では皆が笑っていた。


 この『村童(そんどう)観猿翁( えんおうを みる)』と題された作品には、秀さんの気持ちがいっぱいに込められていて、見ていると自然に笑顔になってしまう。

 猿回しの(おきな)は雅邦先生だし、村の子ども達は同期生の幼顔(おさながお)を想像して描いたんだそうだ。

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