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「あたし」

星座が見えないプラネタリウム

作者: XI

*****


 恐ろしい夢を見た。夢はたいていの場合、目が覚めた時点で忘れてしまっているものだ。だけど、ほんとうに怖い夢を見たのだろう。でなければここまで汗びっしょりには……。知らず知らずのうちに、涙を流しながら、ベッドの上で明後日の方角に右手を伸ばしていた。「真田(さなだ)君、真田君っ」そんな声が、喉の奥から発せられる。「返事をしてよ!」と大きな声、「お願い! 帰ってきて!」と心の底から叫んだ。顔がくしゃくしゃになる。そんな顔を両手で覆う。ほんとうの痛みが、あたしの胸に去来する。ほんとうの悲しみが、あたしの脳裏を支配する。真田君、忘れられないよ。死と隣り合わせの仕事だとはわかってる。あたしのことをかばってくれたのもわかるけれど、にしたって、死ぬことはなかったじゃない。どう? 間違ったこと言ってる? もしそうでないのであれば、ちゃんと返事をしてほしい。ちゃんと戻ってきてほしい。どれだけだってあたしのこと、あげるから。


 涙と鼻水を右手だけでなんとか拭い、あたしはベッドから下りた。


 真田君、きみとの思い出の数なんて高が知れてる。それでも、仕事をサボりがてら、プラネタリウムに行ったことは強く覚えてる。きみが「行こう」って言ったんだよ? そうに違いないんだよ? あたしは星なんかにはまるっきり興味はないんだから。


 ――背もたれが後ろへと倒れ、自然と天井を見上げる格好になる。女性の声、柔らかなアナウンス。それからまもなくしてのことだった。天井からぱっと、星々が――星座が消えてしまったのだ。あれれ? って思っていると、「も、申し訳ございません。機材トラブルです」との説明があった。


 背もたれは後ろに倒れたままで、まるっきり暗転してしまったとはいえ、それでも星座は見えないものかと天井を一心に見つめる……なにも見えない。暗い、暗い。まるで人生みたいだ。少なくとも、あたしが暮らしてきた時間はそうだった。とにかく失うばかりで、手に入れたものなんて、そんな、ものなんて……。


 両の目尻から涙が伝う。

 真田君、どうしたって、苦しいよぉ、切ないよぉ、恋しいよぉ……。


「泣くなよ、飛鳥(あすか)先輩」


 そんな声を、間違いなく聞いた。

 真田君の声だった。

 天井から聞こえた。


 真田君、きみはいる?

 あたしのことを、きちんと見守ってくれているの?


「見守ってるさ」


 また、そんな声がした。


 あたしは泣いた。

 しゃくり上げ、好きなだけ泣いた。


 ここは星座が見えないプラネタリウム。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最後にタイトルを持ってくるのがにくいですね。 真っ暗な何も映らない空間で聞こえて来た真田君の声は、さながらたった一つだけ輝く一番星のメタファーのように思えました。 星=光、みたいなイメージ…
[良い点] ∀・)「喪失」を描いた作品ですね。でもそこで立ち止まらないようにと、どこからか声をおくる今は亡き人。物語としてはよくあるテーマですが、それでもそこにあるものは深く重たい。そことプラネタリウ…
[一言] 最後の一文が狂おしい程に、好きです。 主人公のことを見守っている真田くんの声、主人公の心の中にはきちんと届いたのですね。描かれている情景が目に浮かびます。 今は絶望に暮れる主人公の傍に寄り添…
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