お願いです、もう二度と
誤字報告ありがとうございます。
とても助かります(*^^*)
「この前の続きは、その時にゆっくりな」
総長からそんな事を言われてドギマギしながら仕事終わりを待っていたのですが、途中で
「悪りぃ、用事ができたから先に月夜亭に行っといてくれ」
と言われ、現在1人で月夜亭に向かっている最中です。
ちなみに職場を出る前、下着チェックも済ませています。ふふふ、最近私は毎日ちょっとセクシーめの大人下着を身につけていますからね。さらに毎日ムダ毛の処理も怠っていませんからね。急な総長からのお誘いがあっても困りませんよ。どんと来い、です。
あ、いえ、別に何かを期待しているワケではないんですよ。イヤラシイ事など考えていませんとも。えぇ、ムダ毛処理とセクシー下着着用は大人女子として当然の身嗜みですからね!
と、よくわからない言い訳を頭の中でしていた私ですが、
「あら、雨が降ってきましたね」
ポツポツと雨が降ってきました。
うーん、空を見ると雨雲が増えてきていますね、これは職場に置いてある置き傘を取りに戻った方がいいでしょう。
総長ももしかしたら傘がないかもですし、一緒に月夜亭まで行った方がいいですね。
それにしても雨が降ると昔の嫌な記憶を思い出しますね。いえ、嫌な記憶といっても大した事はなく………
―――バーカ、お前みたいな地味な女を本気で好きになるわけないじゃん。雨の中俺をいつまで待ってるか友達と賭けてたんだよ。
高校時代に好きな男子から告白され、喜んで初デートに行ったら雨の中何時間も待たされた………というね。苦い思い出です。大人になった今では「そんな事もあったなぁ」という程度の思い出ではあるのですが、それでもこのことがキッカケで男性不信になり、まともな恋愛もできずにアラサーになってしまいました。
総長の事も女神様から頂いたスキル“好意を持っている人の心の声が聞こえる”がなかったら、もしかしたらずっと気持ちを疑ったままだったかもしれませんね。
っと、いつの間にか職場でしたね。置き傘までもう少しです。
あら、向こうから歩いてくるのは総長と………ダントン財務大臣ですね。珍しい組み合わせに思わず柱の影に隠れちゃいます。
ダントン財務大臣は公爵家当主でもあり、かなり身分の高い方です。私が巻き込まれ召喚された時も近くにいた人でもあります。
「いやはや、クラム長官が徴税課に就かれてから税収が右肩上がりですな。素晴らしい手腕で羨ましい限りです」
「いえ、私なんてダントン財務大臣に比べたらまだまだですよ。お金があっても、上手く回さない限り税収も上がりません。その点、ダントン財務大臣が上手く調整されていますからね」
普段は口が悪い総長ですが身分が上の人には一人称が「私」になり敬語で話しますし、税金を納める民衆に対しては丁寧語で接します。いわゆる「お仕事接客モード」です。
「そういえば、例の件は上手くいっているようだね」
「はい、問題ありません」
うん?例の件ってなんでしょうか?総長も徴税課の長ですしね。まだ下っ端には知らせられないお仕事などを受けているのかもですね。もしかしたら、そのうち私たちにも話があるかもです。
「聞いたぞ?すでに魔力付きのピアスも渡し、身につけさせているそうじゃないか」
え?ピアス?
ピアスといえば、総長から頂いたものですが、それが何か?
というか、これ………私が聞いてもいい話なのでしょうか?
「ピアスをつけておけば私の魔力でいつでも場所を把握できますし。誰とどのような会話をしているかも聞き取ることができますので」
何でしょう、頭がガンガンと痛くなってきました。
脳内が真っ黒になって急速に気分が下降していきます。
ピアスをもらった時、確かに総長は心の中で私の居場所を探知できるし会話も聞けると言っていました。さらに今日ピアスを付けていないことを責め、できるだけ付けとくようにと言っていました。
でもそれは、私の身の安全を心配していたからで。総長が私を大切にしてくれていたからで。
「アンズ・タチバナは今は益にも害にもならないが、異世界人であることには変わらない。今度どう転ぶか分からんからな。しっかり見張っておけ」
ダメです。全身が凍えるよう冷たくなってきます。
手足がカジカジになって動かず、心臓まで凍りついてしまいそうです。
今まで信じていたものがガラガラと崩れていく音が聞こえます。
嫌な予想ばかりが頭の中をグルグル回り、胃の中の物を全部吐き出してしまいそうです。
「もちろんです。アンズ・タチバナはすでに私が掌握しています」
―――バーカ、お前みたいな地味な女を本気で好きになるわけないじゃん。
あぁ、本当に私はバカだ。
総長に優しくしてもらって。
ピアスをもらって。
たったそれだけで、こんなに浮かれていただなんて。
総長は私のことなんて何とも思っていなかったのに。
私はなんて滑稽な女だろう。
なんてバカな女だろう。
「ですからアンズ・タチバナは………」
これ以上聞きたくなくて。
いえ、これ以上聞くことができなくて。
私は踵を返して逃げるようにその場を離れることしかできませんでした。
***
しんしんと降る雨の中。
頭の中がぐちゃぐちゃな私は何をどうしていいのか分からずに。
傘をさすのも忘れてトボトボと彷徨うように街を歩いていたのですが。
「アンズ、探したぞ」
突然、後ろから肩を引かれて。
振り返ると総長がいました。
「月夜亭に行ったらお前がまだ来てねぇって聞いて。心配したぞ」
あぁ、総長。私を探してくれていたんですね。
そんなにずぶ濡れになって。息を切らせて。必死に探してくれたんですね。
そうですよね。
異世界人の私を見失うと困りますもんね。
「長官、もういいんです」
「は?何がいいんだよ?」
「私にはもう構わなくてもいい、という意味です」
「お前、自分が何言ってるのか分かってんのか?」
総長の声がグッと低くなり、眉間のシワが深くなります。
ですが、私だってここで引くわけにはいきません。
「大丈夫です。私、長官に見張られなくても勝手に他国に行ったりしませんから」
「!?」
ほら、今総長、慌てた顔してる。
私が事情を知ってるって気づいて、驚いた顔してる。
「ちょっと待て!お前何か勘違いしてるだろ!?」
いいえ、今の私は何も勘違いしてません。
勘違いしていたのは、先程までの私です。
総長が私の方に腕を伸ばしてきました。
数時間前まで彼の力強い手を伸ばされたらドキドキしていました。
嬉しさも感じていました。
でも今は………
「触らないで!」
伸ばされた手を拒否することしかできません。
「お願いです、もう二度と私に触れないでください」
きっと総長に触られたら私はまた期待してしまう。
総長の温かな体温が恋しくなってしまう。
「私と長官はただの部下と上司です」
だからお願いです。
もう私に期待させないでください。
これ以上私を惨めにさせないでください。
「ただそれだけの関係でしかないんですから」
そうしたら、あなたへの恋心も。
この雨と一緒に綺麗に流してしまいますから。
あと3話で終わる予定です。
今はこんな状態ですが、最後はハッピーエンドです。




