あー、スマン。今のなし。
今回と次回は総長の過去話になります。
今回は大丈夫ですが、次回はシリアスもどきになるので「そんなのいらねぇぜ!」的な人は読み飛ばしてくださいませー。
「アンズ、メシなんだがどっかのレストランで食ってもいいし、市場の方に行きゃ屋台なんかもあるんだが………」
そうでした。まずはお食事をするんでしたね。
でも、どうしたんでしょうか、総長。いつも物事をハッキリと主張する総長が歯切れが悪いというか、何かを言うのを戸惑っているような………
「長官にお任せしますよ?」
「あー、ほら、何度か夜に連れて行った事があるだろ、月夜亭つー居酒屋。実はあそこの店主は知り合いっつーか、俺がまだクソガキだった頃の恩人でさ。前からお前を連れて来いって言われてんだよ。だからな………」
あ、月夜亭はこの前も連れて行ってもらった居酒屋さんですね。安くて美味しい。そしてこの世界では珍しく和食っぽい食事があるところです。
やけにお店に詳しいというかメニュー内容も全攻略レベルで熟知していたので、相当な常連なんだと思っていたのですが、店主さんと知り合いだったのですね。しかも口ぶりからしてかなり親しい仲のようです。
『って、何言ってんだろうな俺は。今の俺はコイツからしたら職場の上司ってだけなのに。さすがに知り合いに会ってくれってのは重いな』
いつもは余裕があるというか、どんな声だって堂々としている総長ですが、今の心の声は自信なさげで少し弱々しいです。
いつもグイグイと強気な総長にもこんな一面があったんですね。
「………あー、スマン。今のなし。忘れ」
「連れて行ってください」
総長がお世話になった人。そんな人に紹介して貰えるなんて嬉しいです。
それに私、やっぱり総長の事がもっと知りたいんです。
きっと、いつの間にか。いえ、本当はもうずっと前から私も総長の事を………
「いいのか?」
「長官の恩人に紹介して貰えるなんて光栄です。それこそ、望むところ!ですよ。それに若い頃からの知り合いという事は、長官の弱みを聞き出せるチャンスかもですしね」
できるだけ明るい声でおどけて言うと、総長が笑いました。
「ぷはっ、やっぱアンズって面白れぇな」
うん、やっぱり総長はこっちの方がいいですね。
***
「オジサン、オバサン、いるかー?」
月夜亭の扉を開けた総長は勝手知ったるなんとやらでズカズカと中に入っていき、カウンターから中の厨房に向かって声をかけました。
夜は大勢のお客さんで賑わっている月夜亭ですが、昼間は営業していないらしくシンと静まっています。
と、厨房の方からやたらとムキムキした体格がいい壮年の男性が出てきました。店主さんでしょうか。
「誰かと思えばクレイじゃねぇか!こんな時間にどうした?………って、その隣にいるお嬢ちゃんはまさか?」
「前から連れて来いって言ってたろ?職場の部下のアンズだ」
「初めまして。アンズ・タチバナと言います。クラム長官にはこちらの月夜亭にも何度も連れて来て頂いて、美味しい料理にいつも感動していました!」
ペコリと頭を下げながら店主さんに挨拶します。
「いい子じゃねぇか!………とマーサにも知らせねぇとな。おい、マーサ!クレイが彼女連れてきたぞ!」
店主さんが厨房の方に声をかけています。
それはいいのですが、少し聞き捨てできない単語が聞こえたような。えーと、私は総長の彼女というワケではないのですが。ここはきちんと訂正するべきなのでしょうか。でも私が違うと強く否定するのもなんだかですし。
と、私が迷っていると中からエプロンをつけた恰幅の良い女性が出てきました。奥様でしょうか。
「改めて自己紹介させてくれ。俺はチェイソンで、こっちは女房のマーサだ。クレイはガキの頃に両親を亡くしててな。俺らはクレイの親代わりみたいなもんだ。よろしくな」
「アンズ・タチバナです。クラム長官にはいつもお世話になっています。こちらこそよろしくお願いします」
改めてペコリとお辞儀をすると、マーサさんが総長の背中をバンと強く叩きました。
「可愛い子じゃないかい。いつから付き合ってるんだい?」
総長に対してこんな風に接せれる人なんてなかなかいません。さすがです、マーサさん。
ですが、私と総長は付き合っているわけでは………
「別に俺とアンズはそんな仲じゃねぇよ」
と思っていたら総長が否定しました。
「あら、そうなのかい?アタシはてっきり………」
そうです。私と総長は上司と部下の関係です。
わかっているのですが、なんでしょう。
総長からハッキリ否定されると心がツンと冷たくなるような………。
「俺がコイツを口説いてる最中だ」
総長が真顔で言い切りました。
総長!チェイソンさんとマーサさんになんて事を………!
思わず顔にかぁーっと熱が集まります。絶対に今私の顔は赤いです。
「はははっ、まさか街のゴロツキ相手にイキがってるくせに俺に殴られて半ベソかいてたクソガキがそんなセリフを言うとはなぁ」
「いつの話してんだよ、もう時効だろ」
はぁ、総長にもそんな時期があったんですね。あれでしょうか。盗んだバイクで走り出したり夜の校舎の窓ガラスを叩き割ったりする感じでしょうか。なんだか簡単に想像できますね。まぁ、この世界にはバイクは存在しませんので、盗んだ馬で走り出す感じだったのかもしれません。
のぼせた頭を冷やすために思考をあさっての方向に向かわせていると、マーサさんが総長に向かって声をかけます。
「何にせよ、クレイにそんな子ができてアタシも嬉しいよ。クレイ気づいてるかい?アンタ信じられないくらい目が穏やかになってるよ」
「あぁ?気のせいだろ。って、俺もアンズも見せもんじゃねぇ。もう会わせたんだからいいだろ?」
「照れなくていいじゃないのさ。アンズちゃん。クレイは目つきが悪くていつも顰めっ面だけど怒ってるわけじゃないからね。根はとても優しい子なんだよ」
総長の事をこんな風に思ってくれている人がいる。
怖い見た目ではなく、内面を見てくれている人がいる。
その事がなんだかとても嬉しいです。
でも、マーサさん、その事でしたら心配は不要です。
「はい、よく知ってます」
だって、総長が誰よりも優しい人だって事、私はよく知っていますから。




