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待って。まだ死にたくない。
あの子のそばで、見守らせて。
「まってー」
涙を流しながら目が覚める。ここ数日こんな朝を迎えていた。
「やば、寝過ごした。もう学校の時間だ」
急いでベッドから起き上がり、ハンガーに引っ掛けてある制服を着ながら、階段を降りて行く。
「おはよう、楓流。いくら学校が近いからって油断しすぎじゃないの?」
母さんがパンをかじりながら、また小言を言っている。
楓流の家は両親との3人暮らしだ。父さんは、もうとっくに会社へ向かってしまったのだろう。
最近、母さんとの関係は、ちょっと難しい。反抗期というやつだ。いちいち言われることが癪にさわる。
「わかってるよ!」
楓流はドアをバンっと勢いよく閉めると、そのまま玄関から靴のかかとを踏みながら出て行った。
ぶるっと震え上がるほど冷たい風が頬をなでた。
あー今日も朝メシ食いそびれた。
とぼとぼと通学路を歩いていると、頭をポンと叩かれた。
「るーは今日も遅刻?」
隣の家に住んでいる唯は、俺より5歳年上で大学へ通っている。
「その呼び方、いい加減やめろよ。唯。」
「あー生意気。昔はゆいねーちゃんってピーピー泣いていたくせに」
「ばっか。いつの話をしてんだよ?もうすぐ高校生だぞ。」
「まだ受験も終わっていないくせに。ちゅーぼーでしょ。」
ふっふっと笑いながら、流れる髪の間から見えるピアスが揺れているのが見えてドキッとしてしまう。
「だから、もうすぐって言ってんだろ。唯こそ、遅刻じゃねーの?」
動揺したのを気取られないように、ついきつい言い方をしてしまった。
唯はそんな様子を気付かないように、ふんわりとした笑顔をしている。
「今日は2限目からだからいいの。どうせ朝ごはんも食べてないんでしょ。お姉さんのお弁当を恵んであげよう。」
そういうと、ひょいっとかばんから可愛らしいお弁当箱を楓流に押し付けてきた。
「ばっか。こんな女っぽい弁当、持っていけっかよ。」
楓流は素直に弁当箱を受け取れず、押し返した。
「やだ、思春期?いいから、体育館裏なら人来ないから、そこで食べちゃいなさい。駅の道こっちだから、またね。夜にでも弁当箱取りに行くから。」
唯は、また弁当箱を押し付けてきた。そのまま分かれ道で別方向へ、行ってしまった。
小さくなっていく唯を見ながら、俺はいつになったら、唯の横を歩ける人間になるのだろうか。
これが「恋」だと気付いたのは、出会ったときだった。