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第一章:月夜

1章 月夜



 

 日はすでに沈んでいる。

 静かだ。都会の喧騒とは全く隔絶されている空間。


 田丸の家は郊外のさらに辺境の場所にある。移動するだけでもかなりの時間を要してしまった。だが、問題はない。ほぼ予定通り。田丸の帰宅時間は調べてある。まだまだ時間はある。

 しかし今日は、本当に、殺しをするにはちょうどいい日かもしれない。

 闇空を厚い雲がすべて覆っている。月や星の光が全く届いてこないような、そんな気にさせる。この辺境の場所もあいまって、街灯の光がなかったら何も見えないんじゃないだろうか。


 

 街灯の光を頼りに歩いていくと、まもなく田丸の家に着いた。

 一度下見に来たことがあるから、特には驚かなかった。田丸の家は、場所に不釣合いな、豪壮な邸宅である。僕の家よりも下手すると大きいかな。


 田丸雪藤。○×商事における重役であり、相当の切れ者と評判高い。妻子もちである。その他にも多くの情報が入っているが、この人物は特に悪事に手を染めたことがないという。それは公になっていないということではなく、本来的にしていないという意味である。また、この人物に恨みを持つという者もいない。逆に、尊敬する人物は多く、誰からも親しまれているというのだ。

 本来であればこのような人物を殺すいわれはない。しかし、本来でないために、殺す必要がでてしまった。まったく、面倒くさいことである。

 僕はため息をつきながら、田丸の屋敷に入っていった。外は冷えるため、中で待つためである。寒いのは苦手だ。

 正門から堂々と敷地内に入り、堂々とキッチンの窓を割って、屋敷内に侵入した。

 屋敷内には誰もいなかった。

 

 ここへ来るまで長い距離歩かされて、のども渇いていたので、飲み物をいただくことにした。冷蔵庫にはさまざまな飲み物が入っていた。さすがにアルコールはやめておくか…。

 僕は冷凍庫から氷を取り出し、アイスピックで砕いてからグラスに入れた。そしてジュースを注ぎ、一気に飲み干した。

 それにしても、運動した後の一杯は格別にうまいな。これは大人も子どもも変わらない真理の感覚だと思っている。僕はまたグラスに注ぎ込んだ。


 田丸が帰ってくるまで暇だったので、リビングでテレビを見ながら待っていた。


 1時間ほどたった時だった。

 ガチャ。玄関の扉が開く音。…やっと来たか。

 テーブルにあるグラスには、氷が解けて水だけが残っていた。それを一気に飲み干した。そしてテレビを消し、制服の乱れを正した。ここからは、本格的な仕事モードである、と自分に言い聞かせるように。



「!」

「お疲れ様です」

「何だ君は…。まさか、君が私にあの手紙を?」

「ええ。読んでいただけたようで、何よりです。かいつまんで説明いたしますと、あなたにはこの場で死んでいただきます。何か質問などありますか?」


「じょ、冗談じゃない!私が何をしたっていうんだ。殺されるいわれはない。だいたい君はどこから入ってきたのだね?これは明らかに犯罪だ!早急に出て行ってくれ!さもなきゃ、警察に通報するぞ!」

「へえ、もうしてたんだと思ってたんですけど。違ったんですか」

「えっ?」


 僕はくすりと笑った。本当におかしかったからだ。


「残念ですが、警察は来ませんよ」

「な、何を言っている!」


 田丸はポケットから携帯を取り出し、すぐに電話をかけた。おそらく110だろう。


「怪しいやつが家の中に侵入してきた!すぐに来てくれ!場所は…」


 田丸は警察にすべて伝えたとみえ、持っていた携帯をしまった。


「ふ、ふん。警察はすぐに来るぞ。高校生風情が調子に乗りおって。住居不法侵入に脅迫!しばらく塀の中で暮らすんだな!それが嫌ならとっと逃げるんだな、ふはっはっは!」


 僕は、相手にもわかるくらい声を出して笑ってしまった。本当に、この人がおかしなことを何度も言うからだ。


「ふふふ。いいでしょう。警察は来るものとして、来るまでお話しようじゃないですか」


 僕はソファーに腰を落とした。


「どうぞおかけください。先ほど、『殺されるいわれはない』とおっしゃっていられましたが、その辺についてお話しましょうか。もちろん、あなたには身に覚えがあるもんだと確信していますがね」

「ぐっ…」

「どうしたんです?警察が来るのなら何も心配はいりません。それとも立っていた方がいいんですか?それならそれでもいいと思います。でも、そこから一歩でも逃げようとすれば…」

「…?」

「僕が何をするかわかりません」

 

 田丸の顔が青ざめていくのが分かったが、田丸の態度は強気だった。その無理に平然と装っている様子が、とめどもなくおかしかった。田丸は自分とはテーブルを挟んで反対側のソファーにどかっと腰を下ろした。


「仕方ない…、余興だと思って聞いてやろう。さっき君は私を殺す理由があると言った…。それが何なのか、言えるものなら言ってみなさい…!」


 田丸は開き直ったようだな。


「分かりました。それでは、まず僕の質問にいくつか答えていただきます。田丸さんは奥さんとお子さんがいらっしゃったと思いますが、今はいらっしゃらないようですね。…いったいどうされたんですか?この時間にはいつもいらっしゃるはず…」

「な、なぜそれをしっている?」

「質問をしているのは僕です。もう一度繰り返しましょうか?」

「くっ、…妻と娘は二人で海外に旅行に行った。そう、イギリスだ。しばらく帰ってこない…」


 ほう。


「では、次に、なぜあなたは屋敷のセキュリティーを解除したのですか?」


 田丸がはっとして僕のほうを見ている。それは驚きと恐怖が半々を占めているような目だった。非常に人間味(・・・)を感じさせるな、この人は。


「あなたは、三日前の午前11時正式にセキュリティー会社との契約を解除し、屋敷内のセキュリティーを解いた。おかげで僕は楽にお宅に上がらせてもらいました。全くの無用心。なにか、理由があるんでしょう?」

「ち、違う!」

「説明が少々大雑把過ぎましたね。正確に言えば、11月26日の午前11時6分にセキュリティー会社『セフティ』との契約を解除する書類を提出した、ですね」


 田丸は追い詰められた表情を見せるが、かろうじて平静を保っているようだった。


「…そう、その会社が信用ならないから、別のところにしようとしたんだ!だから一時的に解除しているんだ!何もおかしくないだろう」


 ふふ。苦しい苦しい。


「じゃあ、最後の質問です。なぜさっき警(・・・・・・)察に連絡し(・・・・・)なかった(・・・・)んですか(・・・・)?」


 田丸の表情の動きが止まる。


「もう一度言います。さっき警察に連絡しなかったのはどうしてですか?」

「…な、なにを言っている。私はちゃんと警察を…」

「呼んでないです」


 僕はふぅ、とため息をついてから、続けた。


「あなたがセキュリティーを解除させたのは、あなた自身がここのセキュリティー自体良く分からなかったから。警察を呼ばなかったのは、この家を警察に調べられたくなかったから。違いますか?」

「は、はったりを言うな!根拠がないだろう!警察も…すぐ来る…、だから、逃げるんならいまのうちだぞ!」

「根拠?必要ありません。結果として出ているんですから。それよりも…」


 がん!

 テーブルが勢いよくはねる。体よくひっくりかえった。蹴った。蹴り上げたのだ。

 反対にいるやつをにらむ。


「俺はシラきるやつが大嫌いなんだよ」

「ひっ…!」


 田丸はいよいよ平静を保てなくなった。


「あ、そうそう。ちなみに地下にあった親子の遺体はこちらで処分しました。奥さんと娘さん、それから、田丸氏(・・・)の遺体をね。ではお話はここまでです。本題に移りましょうか」

「っ…!くそ!ふざけるなぁぁぁぁ!」


 そいつはついに逆上した。そして、胸元に手を突っ込んだ。あちゃあ、飛び道具か。もう少し穏便にしたかったんだけどな。






 

 銃声が響く。


 僕はそいつの体重を支えていた。

 そして、耳元でささやく。


「ふふ、だめだよ2秒もかかっちゃあ」


 僕はそいつを床に仰向けで寝かせてやった。


「それ、お返ししますね」


 そいつの胸にはアイスピックが一本、突き立っている。

 僕が刺したのだ。

 そいつは死んでいる。

 殺したことに相違はない。

 

 一瞬、一発で相手の急所を正確に突く。

 父さんに教わった技術。

 これが僕に出来ること。

 僕にしか出来ないこと。

 僕にはこれしか出来ない、ということ。


 

 仕事は終わった。

 僕はそいつをそのままにして、帰り支度をした。

 帰りはまたキッチンからにした。すこしジュースがうますぎたからだ。また冷蔵庫から取り出し、今度は氷なしでぐっと飲み干した。

 そして、僕は田丸邸を後にした。

 

 すでに夜も深くなってしまった。しかし、来たときよりも明るく感じる。

 ああ、月が出たからか。

 

 闇を照らす月光を浴びた僕の姿は、あちらから見て、殺人者に映っただろうか。

 そんな、無意味、無秩序、無責任なことを考えながら、僕は家路をたどっていった。


 帰りたくもない、僕の家へ。








 

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