序
序:学校にて
授業中、窓辺の席の人はいったい一日どれくらいの割合外を見ていることだろう。
僕は8割は外を見ている自信がある。
ぼーっと外を眺めながら、無意味、無秩序、無責任なことを考えるのが好きだ。
今は、人の命の軽さを考えてた。
人の命って、なんて軽さだろう。人の命を蝋燭の火に例えた人は、とても賢い人だと思う。蝋が無くなれば火は消える。蝋があっても、息を吹きかけらたり、風が吹いたりすればまた、消える。大半は、後者によって火は消えてしまう。人の命もそんなところ。
僕だって、殺される運命にある。殺す運命にあるからだ。どう転んでも蝋が消えるまで生きているなんて事はできないだろう。
学校が終わるまで、僕はひたすらそんなことを考えていた。
学校が終わると、誰に話しかけるでもなく、部活に行くでもなく、すぐに校内から出た。
今日は御遣いを頼まれていたからだ。
「間馬くん!」
後ろから呼び止められた。この声のトーンの高さ、そして僕におせっかいを焼く人物、見ないでもわかる。末瀬真実だろう。
「間馬くん!呼んでるのが聞こえないの!」
僕は、やれやれ、と、面倒くさそうに振り向くしかなかった。案の定だった、が、末瀬は肩で息をしていて、よっぽど焦って走ってきたというのが見てとれる。まがりなりにも、悪い気がしてしまった。
「どうしたの、末瀬さん?」
「どうしたもこうしたも無いでしょ!今日の当番、間馬くんでしょ?朝ちゃんと言ったの忘れたの?」
あぁ、そういえばそうだったような気も…。
「ごめん、忘れてた。でも、今日用事があるから、末瀬さん、やっておいてくれない?」
「そう来ると思ってたわ。ふぅ、いいわ、やっておいてあげる。でもこれでまた貸し一つね。どうやって返してもらうか、わかってるわよね?」
末瀬はぐっと顔を寄せてきた。わかっている。昼のパン代だろう。
この末瀬というやつは、級長という肩書きを持っているが、見た目・性格も級長という、僕なんかにしていわせればとても面倒くさいやつだ。でも、真っ直ぐで責任感が強いせいか、生徒の間からも教師の間からも好かれているらしい。おまけにこのルックスなんだから、ファンがいてもおかしくはないことだろう。そのくせ僕にはこんな恐喝じみたことをしてくる。学校のやつに我がクラスの級長の実態を赤裸々に明かしたいところだが、僕が当番をサボったことがばれるといけないので黙っておく。
「ああ、じゃあ今度おごるから、それで勘弁してもらえるかな?」
「今度?明日に決まってるでしょ!どうせ間馬くんすぐ忘れるんだから。そのうち私も忘れちゃうわよ」
僕はくるんと首を回し、空を仰いだ。
「明日土曜日…」
末瀬は、あっ、という顔をして若干恥ずかしそうにしているように見えたが、思案にくれた後、そんなことなかったかのように開き直ってこっちを見てきた。見ていると面白いな。
「あ、明日って言ったら明日に決まってるじゃない!いいわね、きっちりおごってもらうわよ、あ・し・た・に!じゃあ、明日の昼に校門で!」
言うがはやいか動くがはやいか、末瀬は学校へ走っていってしまった。
なんて騒がしいやつなんだ、と思った後、どうやらいつの間にかデートの約束を取り付けられてしまっていることに気づいた。
なんだか自分の体は素直に喜べと言っているらしい。
ただ昼のパン代より高くつきそうで、そこだけがネックであった。
馬鹿みたいなやりとりに時間を使いすぎたせいか、日が傾きはじめた。
僕は気持ちを切り替えると、再び歩みを進めだした。
御遣いに行かなければいけないからだ。父さんから頼まれた御遣い。
大事な御遣い。
僕の御遣いとは、○×商事の田丸雪藤を殺すことだ。
学校の誰にも知られていない事実、僕の家は殺し屋なのである。