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不真面目特務候補生の覚悟  作者: 良田めま
第一部 第一章 神無木第三学校への入学
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(二)

「むむむ……」


 銀髪少女の小さな唇から、何やら真剣な唸り声が聞こえてくる。机の上に置かれた手は固く握られ、その手の中にある冊子にいくつものシワが寄っている。

 冊子は入学後の流れだけではなく、校則や各種手続きの取り方などがまとめられたもので、失くしたり破いたりしたら本人が困る。

 無意識なのだろうが、我に返った時彼女は後悔しやしないだろうか。

 その前に声を掛けるべきかと迷っていると、少女は突然指を解き、幼さの残る顔を今にも泣き出しそうに歪めた。


「さっきから先生が何言ってるのか、さっぱり分かんないよ。あああ、私バカだぁ。なんで進学なんてしたんだろう。私なんて、大人しく床に落ちた豆でも拾って食べてればよかったんだぁ……っ」


 やけに卑屈な少女である。

 思わず脱力してしまうほどに。


 こっそり周囲に意識を向けてみるが、少女の独り言に気付いた生徒は他にいないようだ。気付いても無視しているのかもしれないが。


 改めて少女を見やると、宝石のような瞳を潤ませて、睨むように教官を凝視している。そんなに必死にならないと理解できないような内容でもないと思うが……。

 本当に泣きそうな勢いの彼女を見かねて、トワはつい親切心を出した。


「どこが分からないの? 僕でよければ説明するよ」

「へぁっ?」


 トントン、と指先で軽く机を叩いてから小さく呼びかけると、こちらを振り向いた少女は驚きに目を丸くした。


 真正面から見た彼女は、まさに妖精のような愛らしさだった。滑らかな白い肌に、銀色の睫毛に縁取られた青い目。首筋を隠す艷やかな髪。見た目だけを言えば儚げなのだが、豊かな表情が溢れんばかりの生命力を感じさせる。

 少女はどこか焦ったように目を丸くして、


「え、と。あの、貴族の方ですか?」

「え? いや、違うけど。見ての通り、普通の生徒」


 ぱちくりとお互い瞬きをして、何秒か見つめ合う。


 ――何言ってるんだ? この子は?

 軍部志望の貴族家の子供は、士官を養成する第二学校に通うのが主流だ。わざわざ第三階層したに降りてきてまで平民だらけの第三学校を選ぶ貴族は、余程奇特な性格の持ち主だろう。

 それにそもそも、生まれきっての庶民で、何なら下から数えた方が早いような自分のどこを見たら貴族と間違えるのか、その脳みそに問うてみたい。


 トワの胡乱な思いが伝わったのか、それとも自分の見当違いだと気付いたのか、少女は慌てて笑みで取り繕う。


「そ、そうだよね。なんか雰囲気が大人びてるから、ちょっと勘違いしちゃった」

「貴族イコール大人なの? 君の認識」

「う、うーん? 分かんないかな。貴族なんて会ったことないもん」


 それで人を貴族と間違えるのか。なかなか大した少女だと、トワは見方を改める。


「で、教官の話のどこが分からなかったの? 冊子見ながらだったら答えられるよ。というか冊子を見れば大体事足りると思うけど」

「ううん、分かんない自信がある」

「それは……すごいね」


 にこりと微笑んだ。馬鹿にしたつもりはなかったが、少女はむっと頬を膨らませる。怒っても全く怖くないなと、トワは思った。

 誤魔化すように視線を外して、自分の冊子を数枚捲る。


 しかしタイミングの悪いことに、ちょうどその時教官の声が途切れ、周囲の空気が変わった。

 私語が増え、ざわざわと大きな騒音に変わっていく。

 その雰囲気に釣られて、トワと少女はきょろきょろと辺りを見回した。いや、お上りさんみたく首を振っているのは隣の残念美少女だけだ。トワには、皆の興奮の理由が嫌でも分かった。


「あー、魔導端末の配布か。そういやそうだよね」

「端末? 魔法使うやつ?」

「正確には魔法を補助するやつ。他に色々機能が付いてる物もあるけど。むしろ今は補助だけって方が珍しいかな」


 魔導端末とは、予め登録した設定をコマンドで呼び出す魔法の補助装置だ。たとえば、『風の刃』というコマンドでかまいたちを放つ魔法を設定すると、装着者から自動で魔力を吸い上げ、発動準備を完了する。

 他についている機能と言えば、時計だったり短い録音機能だったりで、魔物との戦闘にはあまり役に立たないものも多い。


「へー! 詳しいね」

「常識でしょ」

「……その笑顔、なんか腹立つなぁ」


 少女はじとっとした目でトワを睨んだ。彼はそれを素知らぬ顔でいなす。するとさらに少女がぷくっと膨れるので、やっぱり無視した。


 数人の教官や事務員が、生徒一人ひとりに魔導端末を直接配布していく。手渡しなのは、万が一にも紛失したり、他者が不正操作するのを防ぐためだろう。魔導端末は一人につき一台与えられ、それが自分専用となる。各種成績や魔法の使用記録といったデータも端末を通して管理されるので、他人には絶対に渡してはならないのだ。


 魔導端末が全員に行き渡るのを待つ間、トワと少女は自己紹介を交わした。

 残念美少女の名前は七海ななみカノ。実家は、トワが住んでいた地区から通り三つほど離れた場所だという。


 案外近場だったことに驚きながら、それが過去形であることに若干の寂しさを思い出したトワである。彼の家はすでに引き払ってしまった後だからだ。寮に移れば住む人間がいなくなるのだから仕方がないとは言え、長年暮らした家との別れはちょっとだけ辛かった。学校は全寮制なので、実家から通うという選択肢はなかったのだ。


 一方、家族のいるカノはそんな感傷とは無縁で、初めての寮生活にわくわくしているのが表情に溢れていた。


「夕ご飯は寮で食べるんでしょ? 百鬼なきりくん、一緒に食べようねぇ。遅くまで起きてお喋りとか、枕投げとかするの、私すっごく楽しみなんだぁ!」

「色々ツッコみたいところが満載なんだけど……とりあえず七海さん、君ってさてはバカだね?」

「……百鬼くんは顔に似合わず毒舌だねぇ」

「思ったことを言ったまでなんだけど?」

「う……!?」


 カノは小さく呻いて胸を押さえた。

 傍から見ると、美少女を虐める男子生徒の図だ。だが、自分は全く悪くないと思う。男女の寮が同じなわけないだろとか、なんで部屋が同じなこと前提なんだとか、そのシチュエーションはるか昔の創作物だろとか、一度に捌ききれない数のボケを入れる方が悪い。


「冷たい……。百鬼くんとはうまくやっていける自信がないよ」

「そいつは結構。君の世話は大変そうだもんね」

「な、なんだとぉ?」


 カノはトワを睨み、子猫のように威嚇した。

 やっぱり全然怖くない。

 そうこうしている内に、トワたちの席にも事務員がやってきた。名前を名乗り、リストにチェックされる。カノもなんとか気を取り直して、魔導端末を受け取ることができた。


「そ……それはそうと、私のことはカノでいいよ」

「僕もトワでいいよ。今までも名字で呼ぶ人、あんまいなかったし」


 そう返すと、カノはすっかり元気を取り戻して、


「分かる! 全然イメージじゃないもんね。さっきどういう字を書くか聞いたけど、百鬼っていうより百花って感じって思ったもん。豪華なお花じゃなくて、おばあちゃんの庭に咲くぽわぽわしたちっちゃいヤツね!」


 その途端、トワの頬がぴきりと引き攣った。

 言ったな? 言ってはならないことを、言ったな?


「……じゃあそういうことで、七海さん」

「ええ!? どういうこと!?」


 どういうことも何も、そういうことだ。自覚なしに言っているのだとしたら、大層な煽り屋である。いや、だとしたらではなく、たぶんおそらく実際に自覚も悪気もないのだろうけど。

 だけど、密かに気にしていることをピンポイントで突かれれば腹も立つ。

 今度はトワがむすっとする番で、カノが隣であたふたと戸惑っていると、折り悪く壇上の教官が再び話しだした。


「よし。これで全員に魔導端末が行き渡ったな? では、説明を始めることとする」

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