表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不真面目特務候補生の覚悟  作者: 良田めま
第一部 第一章 神無木第三学校への入学
13/74

(四)

「クロード・ウィンダリアが退学すれば、一年の全員が喜ぶんだよ。だからお前に頼んでんじゃん。お前があいつを襲撃して、あいつが反撃する。そしたらウィンダリアは晴れて退学だ。暴力は校則違反だからな」


 突然出てきたかつての友人の名に、頭の中が一瞬真っ白になった。

 ――クロードを退学させる? ユージをけしかけて?

 何が校則違反だ、お前が今やっていることは違うのか。と、叫びそうになるのをぐっと堪える。ここで自分が出て行けば、会話は中断されてしまう。まだその時ではないのだ。


 ユージを追い詰めていたのは、予想以上に真っ黒な悪意だった。

 もし谷中の計画を実行すれば、ユージだって学校にはいられなくなる。それどころか、貴族を襲撃した罪で即刻監獄行きだ。未来は永遠に閉ざされる。


 だけど、それは谷中だって同じことだ。計画を立てた主犯として、重い罰が課せられるはず。

 なのに平気な顔ができるのは、父親の権力を当てにしているからか。いや、貴族でもない警察部隊の少佐に、罪をもみ消すほどの力はない。相手が花爵家となればなおさらだ。


「たとえお前がオレのことをバラしたって問題はない。余所者を嫌ってる人間は大勢いるからな。もちろん警察にも、裁判所にだっているんだぜ。お前の言うことなんか誰も信じねぇよ」

「それ、本気で言ってるのか?」

「あん?」


 愕然とした顔でユージが呟いた。胸ぐらを押さえている谷中の手を掴み返し、渾身の力で睨みつける。

 谷中は一瞬驚いたように目を瞠ったが、すぐにうざったそうに奥歯を軋ませた。

 それでもユージは退かない。退いてなるものかと、谷中の威圧を跳ね除ける。


「確かに、移民や二世は嫌われもんだよ。今まで、何度酷い目に合わされたか知れない。でもなぁ、公平に接してくれるやつだってたくさんいるんだよ。前いた基礎学校でも、お前たちの言動に顔しかめてるやつらが、たくさんいたんだよ。お前ら見えてなかったんだろ? 視野狭すぎだっつーの」

「…………」


 その反抗的な目が気に入らなかったのか、谷中は一旦拘束する手を離すと、ユージの頬を力任せに張った。

 勢いよく地面に転がったユージは、体を折り曲げてげほごほと咳き込む。

 そんな姿を見下ろす谷中の目は、蔑みと怒りでどす黒く染まっていた。


「視野が狭い? どこがだよ。オレは皆のために考えてんだよ。一番穏便に、全員が得する展開をさ。あいつは上級クラス候補の筆頭、おまけに貴族だぜ? 第三学校に不必要な存在だ。だから、あいつがいなくなれば丁度いい。上級クラスに入れる人間が一人増えるんだからな。貴族だからって同級生に気を使う必要もなくなる。いい事尽くしだ。オレの視野のどこが狭いって言うんだよ」

「げほっ……。やっぱり馬鹿だろ、お前。一人増える? 上級クラスは人数制限なしって話だけどなっ。優秀なら選ばれる、その逆なら選ばれない。それだけだろっ」


 地を這いながらも吼えるユージに対し、谷中の取り巻きはヘラヘラと嗤った。


 トワは目を瞑り、頭を振った。

 ここまで言っても、彼らには何も伝わらないらしい。

 〈水天〉の適正者判定はザルだと、初めて思った。いくら能力値が規定に達していようが、その可能性があろうが、こんなクズに守られる世の中なら終わっているも同然だ。


「七海さん。ちょっと頼まれてくれる?」

「うん。なぁに?」


 唐突な呼びかけに、カノは間髪入れずに応じた。その体はもう震えてなどいない。彼女もまた、谷中たちの身勝手さに怒りを覚えていたのだ。今あいつらの真ん中に殴り込みをかけろと言ったら、本当に殴りに行くかもしれない。そんな勢いがある。絶対言わないけど。

 トワは小さく微笑んで、カノへの頼み事を口にしようとした。

 ――その直後に、ユージの言葉が放たれるまでは。


「それになぁっ、皆が皆、お前らみたいなどうしようもない最低のクズだと思うなよ! ほとんどのヤツは、ちゃんと一生懸命頑張ってる! 卑怯な真似して同級生を蹴落としたりなんかしねぇ! 皆必死で訓練してんだよ!! 自分のためじゃねぇ。特務兵になって、国守って、この国で生きてる家族を守りてぇんだよ!! お前らなんか、同級生に劣ること考えて怖がってる臆病者だ!」


 ――その叫びは、谷中たちには向かわず、一直線にトワの胸を抉った。

 痛みというよりは何か途轍もなく大きな衝撃が、頭にがーんとぶち当たった。


(ああ。そうだったのか)


 ユージはもう戦っているんだ。


 家族を守るために、謂われのない差別から大切な人達を救うために、特務兵になろうとしているんだ。

 それはもはや戦いだ。


 分かっていると思っていたけど、分かってなかった。

 トワは彼のほんの上辺しか見ていなかった。その姿勢を眩しいと思いながらも、何も感じ取ろうとはしなかったのだ。

 大切な人を守るために、強くなること。

 その気持ちが、自分には……ない。

 ユージの言葉で、今初めて気付かされた。


 以前、綾坂は言った。

 力を伸ばしてみないか、と。


 力とは、何も戦うための武力だけを指すのではない。

 上級特務兵になれば、確固とした地位を築ける。そう、ユージが望んでいるように。

 地位も力だ。

 国にとって必要な人間であることを示せば、他に何が付随しようと戦えるはずなのだ。

 実際、いざという時は、綾坂もそうやって百鬼なきり兄妹を助けてくれようとしている。

 彼がトワに勧めたのは、それと同じ力。立場だ。


 しかしトワは拒絶した。正確には、恐れた。

 国の中枢こそ、彼にとって恐れるべきものだから。


(僕は臆病者だ……)


 ミチルを守るための力が目の前にあるのに、手を伸ばそうとも、戦おうともせず逃げていた。

 行く手には険しい谷底が広がっているのかもしれない。そこには恐ろしい獣がいるのかもしれない。

 それらに立ち向かう勇気も覚悟もトワにはなかった。

 でも。


『……わたし、お兄ちゃんがいなくちゃ生きていけない。でもね……――お兄ちゃんはわたしがいなくても生きていける』


 自分自身を切り離さなければ、兄は上手く生きていけないと考えたのか。ミチルの中で、自分はそんなに弱い兄だったか。


 もう、ミチルにあんなことを言わせたくない。


(詰まるところ、僕が勝手に思い込んでいただったのか)


 怯えて暮らさなければ(・・・・・・・・・・)ならない(・・・・)と。

 自分たち兄妹は(・・・・・・・)異端なのだ(・・・・・)と。


 本当に恐れるべきは、そんな風に考える臆病な自分の心だったのだ。


「――くん、トワくん? もう、どうしちゃったの! 私に頼み事あるんじゃないの?」

「……七海さん」

「あ、やっと気付いたぁ!」


 怒ったような口調とは裏腹に、カノはほっと肩の力を抜く。深い海を思わせる瞳に安堵の色が浮かんでいるのを見て取ると、トワまでなぜか気分が落ち着いた。


「あー、えぇっと……。そうそう、頼みたいことね。思い出した」

「もー。しっかりしてよ、トワくん」


 まさかカノにそれを指摘されるとは。しかし事実なので何も言えない。思わず苦笑いしてしまう。


「大した頼み事じゃないよ。教官室行って、教官呼んできて。できれば綾坂教官がいい」


 カノは盛大に不満そうな顔をした。眉根を寄せ、唇を尖らせる。


「えぇ? わざわざ行くの? “こおる”使えばよくない?」

通信コール、ね。あれは緊急時のみってさっき言われたばっかでしょ。殺されるって状況でもないし、僕が止めるから大丈夫だよ。ほら、さっさと行く」

「うーん……分かった」


 まだ少し納得の行かない顔であったものの、カノは四つん這いで茂みから這い出ると、迷いを捨てて走り去った。

 木の陰に消えていく後ろ姿を見送ると、トワは、さて、と呟きながら立ち上がる。


 暴力、喧嘩は校則違反。最悪、退学処分だ。

 だがこれでカノが巻き込まれることはない。

 あとは自分の好きなようにやるとしよう。


 ユージは一方的な暴行を加えられていた。一人はどこで拾ったのか、太い木の棒など振り下ろしている。ユージは攻撃が急所に当たらないよう体を丸めて耐えるが、食いしばった歯の間から堪えきれない苦悶の声が漏れている。

 五人の内、谷中だけは仲間の背後から暴行の様子を見ていた。だからと言って、彼が何もしていないわけではない。ユージが一際痛がるところを目敏く見つけては、仲間に指示を与える。そして、ユージが高い悲鳴を上げる様を実に楽しそうな目で眺めるのだ。悪魔のように。


 トワは足音を消すこともせず、堂々と集団に近づいていく。

 一番近い生徒まであと十歩を切ったところで、谷中がこちらに気付いた。一瞬呆気に取られた顔をした後、我に返って口を開こうとする。しかし彼が誰何の声を上げる前に、トワはユージを蹴るのに夢中だったモーガンの肩を掴み、振り返った頬を殴り飛ばした。


「あがぁ!?」


 唾液とともに鮮血が舞う。その中に、白くて小さな塊もある。

 一回転してから崩れ落ちたモーガンへ、谷中たち四人の視線が注がれる。

 呆気にとられ立ち尽くす彼らを、トワは冷え冷えとした目で見渡すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ