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秋の夜空と森、音だけの雨

作者: 砂上楼閣
掲載日:2020/11/03

遠くで虫の音が聴こえた。


リーン、リンと伸びやかに、途切れ途切れに聴こえる音色は夏の終わりと、秋の訪れを知らせているよう。


夏の騒がしさはなく、どこか物寂しげな音色が哀愁を誘う。


時折風に吹かれて舞う木の葉が紅葉しているのか、そうでないのか…


日は暮れて薄暗く、灯りもなく寂れた道に人気はない。


そう、その様子はまるで…



この道や、行くひとなしに、秋の暮れ



松尾芭蕉の句、だったかな。


確か、彼が自身の俳諧の道を秋の夕暮れの寂しさと例えて読んだ句……だっただろうか?


学生時代の記憶はもう朧げで、それ以上のことは思い出せない。


少なくとも、この人気もなく寂しげな道は、まるで私自身の人生のようではある。


思い出せないのは、思い出すほどの思い出がないだけか。


今となっては傍らに人が無し。


まだ傍若無人の方が人がいるだけ救いがある。


独り歩む道は冬の寒さ以上に身に染みるから。


秋の日和は冬よりも寒々しくて寂し気だ。




しっとりとした冷たい空気が、剥き出しの腕を撫でる。


いつの間にか日が落ちるのが早くなった。


本格的な衣替えをするにはまだ早い、そう感じていたけれど、朝晩の涼しさは半袖で過ごすにはやや肌寒い。


そのくせ昼間は汗をかくほど暑いのだから、季節の変わり目でも特にこの時期は気難しい。


他の四季よりも変化が大きい気がするけれど、逆に言えば明確な四季の区切りがない。


気付けば夏が終わり、冬になっている、そんな気さえした。


なんやかんや紅葉が見頃なのは冬が訪れてからのようにも思えるのは個人の見解かもしれない。


移ろいこそが秋なのか。


春と違って変化を急かされているよう。




紅葉してるかも分からない木々が生茂る森を進む。


目的地は、ない。


しいて言えばこの場所こそが目的地。


ここの紅葉は全国でも特に見事だと聞いた覚えがあったから。


けれど生憎と電車を乗り過ごしたせいで辺りは暗く、生い茂る木々の葉はおろか、落ち葉の色すら判断がつかない。


景観を損ねないようにか外灯はない。


いや、単純にここが寂れているだけかもしれない。


それとも道を間違えたのか。


途中まではもっと人工物があった気がする。


自嘲気味に笑う。


どうやらこの歳になって道に迷ったらしい。


結局私は真っ当な道には進めないのか。


皮肉気な笑みはこれまでの自身の人生を振り返って出たもの。


迷っては間違えるばかりの人生だった。


お先真っ暗とはまさに、まさに。


不意に頬に一粒の滴が弾けた。




弱目に祟り目。


ポツポツからバラバラと。


急に降り出した雨粒は次第に確かな雨へと変わる。


とことん、ついていない。


生まれてこの方、こんな事ばかりだ。


やることなす事、全てが裏目。


これならば殻にでも籠もって出てこなければよかった。


いや、いっその事…




音は目で見る景色と同じか、それ以上に多くの変化を教えてくれる。


ましてや外灯もない深い森の中。


目が見えなければ他の五感が鋭敏になるもの。


夕暮れを過ぎれば濃淡な夜の帳が降りてしまう。


ましてや木々の生い茂る森の中。


仮に枝葉の隙間があったとしてもこの曇天模様では空も見通せない。


足元もおぼつかない。


こんな森の中を歩くなんて考えてなかったから。


運動靴でも履いてくればよかった。


雨音ばかり響く。


思ったより濡れないのは生い茂る木々のおかげか。


光のない森の中では目の前にかざした自身の手すら、僅かな濃淡でしか見る事ができない。


雨音が重なり、音に満たされると無音の中にいるよう。


ここに自分がいる事すら信じられなくなってくる。


まるで音と闇に解けてしまったみたいだ。


これが自然と一体となるということだろうか?





駅で寝過ごしたおかげで、普段ならば知らなかったことを知る事ができた。


骨身に染み入る寒さだったが、雨が降り出したあたりからはそこまでではない。


木々のお陰であまり濡れることもない。


己の無頓着さ、計画性のなさばかりが心を占めていたけれど。


今は思いもよらぬ体感のせいか妙に満たされていた。



前へ、前へ


歩け、歩け


進め、進め



いつの間にか足が歩き出していた。


ほとんど目は見えていないのに、恐怖は無かった。


足元に感じる地面は柔らかく、時折木の根や石があって凸凹だったけれど。


平なだけで何処かには繋がっている道なんかよりもよほど、自分の足で歩いているのだと感じられた。


どこまで行けるだろう。


一寸先は闇で人の通ってきた道もない。


けれど、嗚呼…


私は自分の足で、自分の意思で、立って、歩いている。

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