7話 物々交換
村が見える所まで来たのだが、まだ村には行かず森の中で狼と戯れていた。
俺はまた1つ勘違いをしていたようだ。
この村へは当初、狼を連れていく気はなかった。
しかし乗せてくれたことに甘え、一緒に来たわけだが、その道中で分かった。
この狼、本当に知能が高いのだ。
俺は地図を見ながら何度も道を確認していたのに対し、この狼はチラ見しただけで暗記、恐らく最短で村まで到着したのだ。
マニュアルで得た知識から、知能が高いことは分かっていたが、俺はそれを人間基準、もっと言えば前世の人間基準からみて知能が高い生物だと思っていた。
しかし、マニュアルの説明にあった知識が高いとは、この世界基準からみての話だったのだ。
実際、この狼はすでに俺と同等以上の思考が出来る。
さらには魔力の扱いも上手い分、俺より知能は高いのだ。
人間の言語など理解できるのは当然だし、恐らく喋ろうと思えば喋れるはず。
しかし狼にとって人間の言語など必要ない、もしくは声帯の構造上、人間の言語が上手く発声出来ないだけなのだ。
勿論、まだ生まれたての子供なので、行動が幼いということは別としてなのだが。
お腹を見せて、ヘソ天状態の狼のお腹を撫でながら語りかける。
「ゴメンな……お前の事、知らず知らずのうちに馬鹿にしてたみたいだ。お前は俺なんかよりずっと頭が良いのにな…」
狼はクネクネと体を動かし、俺の手をべろべろ舐め回す。
「よし!そろそろ行ってくるか。お前はついてきちゃダメだぞ。人間が驚くからな。すぐ帰ってくるから、ここで待っててくれ」
「ウォン!」
それから俺は村に向かうのだが、こうしてすぐに行かなかったのには色々と理由がある。
まずここに着いたのは早朝も早朝。
村人も行動を起こし始めるくらいの時刻だった。
そんな早朝に森から人が1人で来たら、怪しさしかない。
だから村人の迷惑にならないように少し時間を潰していたのだ。
そしてもっと言えば、転生し、この村を見つけた時点で訪れなかったのにも理由があった。
当然、右も左も分からない状態だったという理由が大半なのだが、それはさて置いて、何よりも人間関係が面倒くさく感じたのだ。
今もそうなのだ。
早朝から訪ねたら……なんていちいち気にする自分が面倒くさかった。
気遣いが出来ると言えば聞こえはいいが、実際、俺は小さいことを気にする面倒くさいヤツ。というのが自己評価なのだ。
人が嫌いな訳では無い。会話をするのが出来ない訳でも、嫌いな訳でもない。なのだが、前世の頃からそういった人間のドロドロした部分が気に掛かり、積極的に輪の中に入ろうとは思えなかったのだ。
それは転生しても考えは変わらず、むしろ、狼とも仲良くなれたし、魔除の匂い袋もある為、暫くは森での生活を堪能しようと考えている。
しかし匂い袋の効果はあと大体20日強。
それからのことはまだ分からないが、人間の村に移住するにしても、森でずっと暮らすにしても、基盤となる物は必要だ。
無一文で特技も何もない人間をいきなり雇うなり、親切にしてくれる人の方が少ないだろうし、余裕もないだろう。
「はぁ…こんな事考えてるから面倒臭いヤツって自己評価になるんだろうな」
少し弱音をこぼしつつ、村に近付いていく。
そして結構遠くから、門番をしている人に声をかけた。
「すみませーーん!!!旅の者なのですが、近寄ってもいいですかぁ?」
そういうと門番の人は村の方になにやら指示を出したあと、手を振って返事としてくれた。
「こんにちは。さっき言った通り旅をしているのですが、この傷薬を村で買い取って貰えませんか?物々交換でも全然良いのですが」
「おぉ、あんた薬師なのか!こんな山の中にある村だ。薬はとても助かるよ」
その後、門番の人は村人を呼び寄せ、譲ってくれる資材を持ってきてくれるそうだ。
俺が希望したのは木を切る道具、荷物を持ち運び出来るような袋、あとはなにかしら容器だ。
贅沢など言えるはずもなく、どんな状態でも良いと伝え、傷薬の説明をしたあと手持ち全てを渡した。
準備してくれている間、門番の人も若造が1人で旅をしているという設定を不審に思ったのか、色々と聞かれたが、嘘を塗り固めゴリ押した。
会社をズル休みする時に上司に言い訳しているようで心が傷んだが、正直に話す必要もないだろうし、問題ないだろう。
そしてこの村についても少し話してくれたのだが、やはりそこまで生活に余裕はないそうで、金銭より物々交換をしてくれるようだ。
さらに肉体労働をしている為、生傷が絶えず、保存が効かない薬でも有難いとのこと。
その話を聞くかぎり、やはり前世では恵まれた環境にいたのだと改めて実感した。
そんな話をしていると村人が物資を持ってやってきた。
渡されたのは、木で出来たサラダなどを盛り付けるのに使うボウルのような皿、木のコップ、穴の空いた皮の袋、柄は折れて刃の錆びたナタだ。
「すまないねぇ、こんな物しか渡せる物がないんだ」
村人が申し訳無さそうに言ってくるが、俺としては希望した物全て貰えると思わなかったのでとても有難い。
それを伝え、礼を言い合っていると、門番の人からも物資を分けて貰えた。
それは短剣だ。
先が少し欠けているが、まだまだ全然使えそうだった。
「良いんですか?」
「あぁ、実は代わりの物は持ってるんだ。何かの時の為に、とっておいた代物だから良かったら使ってくれ」
これは本当に有難い。
まぁ村人も皿やコップはともかく、都合良く不用品が処分出来たと言ってくれているので、好意に甘えるとしよう。
そしてこれからのことについても聞かれたが、まだ森で薬草を集めようと思うと伝えると心配してくれていたが、無理に引き留められることもなく、村を後にした。
「しっかし、あんな草の塊が………色んな物に化けたな…」
そんなことを呟きながら狼と無事合流することが出来た。
帰りも狼に乗せてもらい、日帰り、さらには昼くらいには元の洞窟へと帰り着くことが出来た。