6話 人里へ向けて
狼は寝てはいないようだが、随分寛いでいるようだ。
まだ外は明るいが、狼を残し出かけるのも気が引けたため、知識を得ることに残りの時間を使うことにした。
まずは傷薬だ。
自作した傷薬なのだが、とにかく使いづらい。
乾燥してしまうと、それはもうただの草の塊になってしまうし、保存も効かない。
怪我をしたその時の処置として使用するなら良いのだが、現状では改良が必要だ。
そして思いついたのが軟膏タイプのヤツだ。
調べた結果、材料だけなら少し遠出が必要な物もあるが、なんとか集める事が出来そうだ。
しかし素材の中には、とある木の樹液を使うようで、それを採取するための道具、持って帰る容器も必要。
さらに今回の薬はただ擦り合わせるだけではダメで、煮溶かす必要があった。
それには鍋も要るし、完成した薬を入れる容器も必要。
現状ではとにかく物資が全く足りなかった。
「やっぱり1回人里に行かないとな…」
生活にもだいぶ慣れてきたし、いい頃合いかもしれない。
とりあえず狼も容態が良くなったら何処へなりとも行くだろうし、それまでは一緒にいてやろう。
人里に行く前日くらいに薬を何個か作って売れば、何かしら道具は譲って貰えるはずだ。
次に魔法について思い付いたことを試してみる。
それは魔法を2つ同時に使うことだ。
片手で火を出して、もう片方で風を作り出しそれらを合わせれば、ガス切断の要領で石などを切断出来るじゃないかと考えついた。
…………とてもじゃないが出来る気がしない。
右手で格ゲー、左手で音ゲーをそれぞれ同時にやってるような感覚だ。
魔法の熟練度が上がれば出来るようになるのだろうか…
とにかく現状では不可能だ。
そんなことをしていると、あっという間に夜になった。
夜ご飯を狼と一緒に食べ、この日は寝床で狼と一緒に眠ることにした。
もっとゴワゴワした毛並みかと思ったが、想像以上にサラッサラのフワッフワで、ナデナデしていると自然に眠ってしまっていた。
翌朝、盛大に顔を舐められ起こされた。
おはよっと挨拶をして、ぼぉーっとしながら狼を撫でてやる。
動き回る様子を見て1日と経っていないのに、随分と元気になったものだと感心してしまう。
ついでに足の怪我の薬草も取り替えてやるかと、傷口を見てみると、すでにかなり治りかけている。
「ふぇえ!凄い回復力だな……やっぱりこれくらいの回復力がないと自然界は厳しいのか……」
もっともこの狼、ルプレックスはかなり高位の魔物のようだから。ということもあるかもしれない。
とにかくまだ完治はしてないので、1度傷口と傷薬を綺麗に洗い流し、再び傷薬を貼り付けておいた。
この様子だと狼は明日にでも旅立てるだろう。
しかし気のせいだろうか……
昨日に比べ狼が若干大きくなったように思える。
▽▽▽
朝の食事を終え、洗濯をすることにしたが、これが毎回苦労する。川でそのまま洗えば簡単なのだが、汚れをそのまま川に流していいものか…と疑問に感じ、河原に服を抜き、川の水を手で掬って服まで運び、足で踏み洗う、という工程をしているのだが、とにかく面倒臭い。
前々から桶みたいものを作ろうとは考えてはいたが、洗濯が終わったら作ってみよう。
ということで出来るだけ真っ直ぐで、幅が同じぐらいの枝をいっぱい集める。
まずは底から作ろう。
出来るだけ円になるように拾った枝を並べ、ツタで縛り繋ぎ合わせて固定する。
とりあえず蓋のような物が出来た。
その蓋の円周に沿うように枝を縦に並べて、ツタで縛る。
最後に中央に持ちやすい大きさの枝を縛り付けたら完成だ。
凄まじく水漏れするが、無いよりはずっと良い。
手で水を掬って運ぶより格段に効率は上がった。
壊れても焚き火に使えば無駄にもならないし、資源は出来るだけ大切にしていきたい。
すでに日が暮れてきている。
材料集めからとはいえ、やはり慣れないことには時間がかかる。
しかし材料集めの際、狼もついてきていた。
足取りもしっかりしていたし、別れは近そうだ。
少しの時間だったが、いざ別れると思うと寂しくなる。
せっかく救った命。旅立っても元気でいてほしいものだ。
………
……
…
そんな事を考えていたのだが、あれから2日経っても狼は出て行かない。
すでに怪我は痕がすこし残っているだけで完治といっても良い。
この場所が気にいったのだろうか。
そういうことなら俺も人里に行く準備をしなければ!
早速傷薬の材料を集め、ただ擦り合わせただけの傷薬をいくつか作る。
そして翌朝、日の出と共に薬を持って人里に向けて歩き出したのだが、狼も付いてきていた。
「ついてきたらダメだ!」
前世でも街に猛獣をそのまま連れていくと問題になるように、この世界でもそれは同じはずだ。
結構強い口調で言ってみたが、狼は首を何回か傾げている。
(か、可愛い………)
すでに狼はかなり大きくなって大型犬くらいは余裕である。
相当大きくなっているが、それでも仕草が可愛いのに変わりはない………
そんなことを考えていると、いつの間にか狼は俺の股の下に潜り込み、そして俺を背中に乗せ走り出した。
「どわ!!ちょ!!………乗せてくれるのか?」
「ウォン!」
力強く返事を返してくれた。
「………じゃあ頼むな。川に沿って進んでくれ」
そう告げると狼は徐々に加速し、さらに加速し、まだまだ加速し、風圧で吹っ飛びそうになるような速度で駆けていく。
歩きでは日の出に出発し、日暮れ前に到着するくらいの予定をたてていたが、2時間もかからず人里に到着してしまった。