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5 血斧


 アイト帝国。大陸の中心部にあるこの国は世界【フィスト】で最も兵力が高く、支配領域が広い国と言われている。その帝都であるアロンダイトは円形の城壁が5つからなる鉄壁の要塞だ。幾度となく魔物の氾濫が起き、攻められているが、今まで一つも壊れる事はなかった。

 そんな鉄壁と謳われる帝都は内側から第一区、第二区、第三区、第四区、第五区と分けられていた。アロンダイトでは身分の違いで行動できる区が分けられ、王族、貴族は全区間、平民は第三区、第四区に、そして、貧民、奴隷などは第五区しか入る事が出来ない。

 第一区から第四区は騎士、兵士により治安が良く、それなりに栄えているものの、第五区は目も当てられないほど治安が悪く、今にも崩れそうな家が多数あり、そこら中に血の跡がある。街を出入りする程度であれば、道は騎士や兵士により守られているため襲われる可能性は低いが、迂闊に道を外れ、迷い込んで仕舞えばただの獲物と変わらない。すぐに第五区の荒くれ者どもに襲われるだろう。

 特に第五区の東南はとある施設があり、無秩序な場所だ。相手が王族だろうと貴族だろうと関係ない。暴力、殺人、強姦、強奪など日常茶飯事である。


 そんな危険な第五区の東南でジャファルとカノンは黒のローブと仮面をつけて平然と歩いていた。

 そんな格好をすれば、当然注目されるのだが、誰一人として襲おうとはしない。襲えば返り討ちにされ、悲惨な死を遂げると長年住んでいるものは知っているからだ。隣の不機嫌そうな表情の仮面の正体も気になってはいたが、触らぬ神に祟りなしとだれも近づくことはなかった。


「凄い。見てはいるけど誰も襲ってこないね。セバスと来た時は何回も襲われた」

「執事の格好をしていれば注目の的だ。襲うに決まってる」

「あの時セバスがローブとか来てたら襲われなかったかも?」

「そうだな。そっちの方が襲われにくい。俺の影響かどうかは知らんが、姿が分からないやつをいきなり襲うやつなんざ、ここには少数しかいない」


 執事の格好をした老人とローブを着て顔が見えない老人。相手が誰だろうと躊躇わず、貧しい者が多い第五区でどちらを襲うとなったら、金を持ってそうな執事の方だろう。

 それに襲えば必ず返り討ちに遭うと言われているジャファルが全身にローブを着て、フードを深く被り、顔は仮面で隠されているため、第五区の住民は襲おうとしている者がもしジャファルだったらと考え、ローブを着ているものに関してはあまり襲おうとはしない。


 ジャファルの言葉を聞き、カノンはため息を吐いて、言葉を言った。


「セバスは絶対そのこと知ってた。戦いたかった?」

「さぁな。俺が知るわけないだろ。だが、まぁ、最期の戦い前の準備運動でもしたかったんじゃないか?」

「……あり得る。セバスの過去を見たけど、よく兵士と戦ってた」


 カノンは呆れ気味にそう言った。

 セバスはカノンをジャファルに預けた後、「旦那様と奥様を殺した帝王や貴族に復讐をしてきます」と言って、1人で薄気味悪い部屋を出て行った。突然の行動にジャファルは少し驚いたが、追おうとはせず、カノンも別れの挨拶もせずにその後ろ姿をジッと見ていた。


 その後、ジャファル達の元に第1区で多数の貴族、騎士、兵士を血祭りに上げた執事がいると情報が入ってくる。それだけではなく、その執事を討ち取ったことも。

 帝国側は指名手配のルーハート家の執事長セバスであることを確定し、恨みを晴らすかのように亡骸を城壁から吊るしたらしい。

 カノンはそのことを聞いても全く動じなかった。あらゆる過去を見た影響で見慣れているのか、それともただ我慢してるだけなのかは、ジャファルは分からなかったが、特に気にしてないようなら気にする必要はないと考えていた。


「意外と強かったんだな。あの執事」

「うん。父上よりは弱いけど」

「……カノンの一族って、本当に貴族か?」

「? そうだよ? 父上は元帝国近衛騎士団長で母上は元帝国魔導部隊隊長」

「……なるほどな」


 ルーハート家が帝国に滅ぼされる際、多数の被害が出たことをジャファルは思い出す。おそらく、カノンを逃がす時間を稼ぐためにその父と母が暴れたのだろう。

 ジャファルはそう考えていると、何かの気配が近づいていることに気づき、面倒そうな顔をする。


「どうしたの?」

「いや、面倒なことになりそうだ。俺から離れるなよ」

「? うん」

「おいおいおい! ガキども! 随分良いローブ着てるじゃねーか!」

「それをさっさと寄越しな! 売って金にするからよぉ!」

「というか! 全て置いてけよ! 服もその意味不明な仮面もな!」


 ジャファルとカノンの前にニヤニヤとしている3人の大柄な男達が道を阻むように立つ。更にジャファル達の後ろからも3人同じような男達がジャファル達を逃さないように囲んだ。

 ジャファルは溜息を吐きながら呟いた。


「はぁ。最近になって第五区に来たやつか」

「おおん? なんで知ってんだ?」

「そりゃあ兄貴が裏ギルドのDランクで有名だからに決まってるじゃねーか! 【血斧】のバルトスと言えば、誰だって震え上がるぜ!」

「ああ! ここに来る前の商人は面白かったな! 兄貴の名前聞いた途端、尻尾を巻いて逃げ出した姿は!」

「「「ひゃはははは!!」」」


 ジャファルとカノンは誰だ? と心の中で考えた。そんな6人組の男達は何も話さない事を驚いて何も話せないと勘違いし、更に大きな声で話を続ける。

 第五区の住民は大声に寄ってくるが、囲まれている人物を見て、続けて6人組を哀れみの目で見て、速やかに退散して行った。このあと起こるだろう凄惨で惨殺な現場を見たくないのだろう。


 六人組が未だに大声で叫ぎ、ジャファルはどうするかと考えたとき、カノンがジャファルのローブの袖をグイグイと引っ張りだした。


「ん? どうした?」

「……お腹減った」

「……クク。カノンはこの状況でも変わらないな。だが、確かにその通りだ。こんな臭い連中放って、早く報告に行って飯にするとしよう」

「ああん? 何調子乗ってんだてめぇ! お前達が飯を食べれるわけねーだろ! ここで死ぬんだからよぉ!」


 身長2mを超える大男が血のついた両手斧をジャファルの真上から振るう。一般人であれば防ぎようがない攻撃。勝ちを確信した大男はニヤリと笑みを浮かべる。

 しかし、その攻撃はガンっと言う音をたて、ジャファルの漆黒色の右腕から伸びている剣で止められた。


「「「な!?」」」


 大柄の男達はそれを見て驚愕した。2mを超え、体格も良い男の攻撃が身長170cmほどの細身のジャファルに片手で止められたのだ。驚愕するのも無理はないだろう。

 しかも、それだけではなく、ジャファルの腕が漆黒色の腕であること。剣が飛び出していることに先程までの態度は一転。化け物を見るような目で怯え、震えだす。


「お、おめぇ! 魔物か!?」

「おおおおおおい!? 何で魔物が帝都にいるんだよ!?」

「お、お前ら! お、落ち着け! 所詮は2匹! 全員で攻撃すれば、勝てるはずだ!」

「「「お、おおぉ!!」」」


 大柄な男達が大声で気持ちが潰されないように叫びながら全員武器を構える。そして、勢いよくジャファル達に武器を振り下ろした。

 ジャファルはカノンへ斧が振り下ろされているのを気配で感じ、冷たい声で言葉を言う。


「それは護衛対象だ。手を出すなら何者だろうと関係ない。ただ……」


 ジャファルはカノンを抱きしめた。突然の行動にカノン含め山賊たちも驚く。


「殲滅するだけだ!」

「ぎゃあ!」

「ぐえ!」

「へぶ!」

「ば! 馬鹿な……」


 しかし、その瞬間、ジャファルの体からカノンがいる場所以外ーー頭に背中などから、着ているローブを貫いて複数の漆黒色の槍が飛び出した。突然の行動に大柄な男達は回避することができず、全員が頭や胴体を貫かれる。

 一瞬にしてハリネズミのように貫かれた男達はピクリとも動かない。ジャファルは全員が死んだことを確認し、漆黒の槍を全て消した。死体が落ちる音とともに漆黒色の体は褐色に戻っていき、漆黒の槍で貫いていたローブや服が再生していく。

 再生していくのは【影纏】という魔法である。体から槍などを出すと、服が破れるのが面倒で影で服やローブを作っていた。もちろん、影で服を作るのにも魔力はいるが、ジャファルにとっては消費より回復の方が早いため、永久的に服やローブを纏う事ができる。防御性能は皆無だが、重さを感じないほどの軽い点と動きを阻害しない点でジャファルは愛用している。


「無事か?」


 ジャファルはカノンを離し、影を操って怪我がないことを確認する。


「うん。ありがとう。ジャファルが守ってくれたから無事。今のもユニークスキル?」

「ああ。過去を見てれば分かるだろ」


 ユニークスキル【転換(コンバージョン)

 【転換】ーースキル所持者の体を適性ーージャファルの場合は、影に変えることができるスキルだ。影になっている間は攻撃されても透き通るため、物理攻撃に関しては当たる事がない。先日のモブルとモブンを殺した時、影から出せるはずの【影魔法】を手から出したのはこのスキルがあったからだ。

 このスキルだけでは体を影に変えるだけだが、【影魔法】と組み合わせる事によって、自由に変形させることも可能である。魔力を消費するが、伸縮も硬化も軟化も自由自在だ。

 カノンはそんなジャファルの腕を掴み、まじまじと見る。


「今は褐色。結構変わる」

「ああ。俺は確認出来ないが、スキルを使った時だけ、肌の色が漆黒色になるらしい。だから、さっきのようによく魔物と間違われる」


 「気持ち悪いだろ?」とジャファルは無表情のカノンにそういった。

 ジャファルはこのスキルの影響で、周囲から人がいなくなった経験を多くしている。スキル発動時には全身、または部分的に褐色の体は漆黒色になる。更に伸縮や硬化、軟化も可能で武器にも道具にも使えてしまう。

 体を自由自在に変える。漆黒色の体が気持ち悪いと言った理由で周囲の人間は誰しもが気持ち悪い、怖い、化け物と言って殆どの者が去っていった。


(カノンも逃げ出すのだろうか……まぁ、逃げられるのは慣れている。逃げ出すなら逃げ出すで別に良い……)


 既に過去を見られているなら、周囲の人間が去っていってもジャファルが何もしないのは見られている。だから、カノン自身が逃げても自分に手を出すことは無いと思い、逃げ出すのではないか。ジャファルはそう考えながら、見えない目をカノンがいる方向へ向ける。

 しかし、そんなカノンはジッとジャファルは見つめていた。不機嫌そうな黒の仮面を付けているため何を考えているのかはわからないが見続けた。

 少しの沈黙後、カノンがボソッと言葉を出す。


「……羨ましい」

「は?」

「私もそのユニークスキル欲しい。体を変形させるなんて羨ましい。そうすれば私も母上のような大きい胸になれる」

「……カノンはどこかズレてるな」

「? 何で? ジャファルは別に気持ち悪くない。体が黒くなって、変な形になるだけ。黒いスライム」

「黒いスライム……」


 スライム。体を自由に変化させる液体状の魔物だ。その体の液体は個体によって違い、浴びて仕舞えば毒、麻痺、幻覚などの厄介な状態異常にかかるだろう。

 ジャファルは今までそんな事を言われた事がなく、少しの間呆然とした。


「うん。それなら過去が見える方が気持ち悪い」

「……クク。そういえばカノンもか」

「うん。母上と父上、セバス以外の人に言われた。私が近寄ると逃げる。視界に入るな。近寄るなって言って」

「それなら嫌われたもの同士だな」

「ん。同じ。気にすることない」


 ジャファルはカノンの頭に手を乗せる。そして、「ありがとな」とボソッと呟いた。カノンは聴こえなかったようだが、こうして頭を撫でられるのは両親しか経験した事がなく、滅多にない経験で上機嫌になる。

 少しして、上機嫌な2人は血の池に沈んでいる無残な6人の屍を放置し、裏ギルドへと歩み始めた。

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