2 出会い
窓は無く、蝋燭が数本立っている薄暗い部屋。レンガが積み合わさったかのような壁には血がこべり付いている。
その部屋の中には、黒のローブを着て体を隠し、顔も黒の薄気味悪い笑みを浮かべている仮面を着け隠している男性。
執事服に白髪のオールバック、モノクルを着けている初老の男性。
黒のフードを深く被り顔が見えないが、フードから銀色の長い髪が時折漏れ、貧相だがなんとか体つきや髪から少女と分かる人物がいた。
黒い仮面の男性が、執事と少女の2人と対面する形で座っている。
沈黙の中、黒い仮面の男性は、執事から聞いた内容に答えるべく、一呼吸置いて言葉を口にした。
「……とても正気とは思えん」
「そうでしょうか? 良い依頼だと思いますが」
「あのな。お前は俺がどんなやつか知っているのか? 知ってるなら、この依頼を俺に受けさせようとするのはおかしいだろうが」
「もちろん知っております。裏ギルドでたった1人しかいないSランクの伝説の暗殺者、【惨黒】のジャファル。確か……暗殺対象は惨たらしい死に方が多く、たまたま居合わせた目撃者は全員黒い何かに殺されたと証言したことからついた2つ名ですな。むしろ、裏の世界であなたの事を知らない人などいないでしょう」
「知ってんじゃねーか。じゃあ、何でこの依頼なんだよ。そこの少女の護衛なんてふざけてるのか?」
黒い仮面の男性ーー暗殺者ジャファルは軽く殺気を出しながら、右手に瞬く間に出した漆黒色のナイフでテーブルに突き刺す。
それを見た執事はほぅ。と感嘆した。
(相当な場数を踏んだ私でも、突き刺すまでの動作が全く見えませんでしたね……。これが、伝説の暗殺者の技ですか)
執事がまじまじと漆黒色のナイフを見ながらそう考えていると、パチパチと場違いな音が執事の横から聞こえ始めた。ジャファルと執事が音の方向を見ると、フードで顔を隠している少女が拍手をしている。
「凄い。全く見えなかった」
「お嬢様。この場では話さないようにお願いしましたが」
「……凄すぎて我慢できなかった。反省はしない」
呆れたような表情をしたセバスに無表情の少女はそう言って、次にジャファルの方に体を向け口を開く。
「ジャファル。護衛頼めない?」
「俺は暗殺者だ。護衛なら冒険者ギルドの方に行けばいいだろ」
「無理。一度行ったけど、あそこは欲に汚い奴が多い。汚く無い奴もいたけど実力不足」
「……それを言ったら、俺も汚いだろうが。何百……いや、何千もの人を殺してきた暗殺者だぞ」
ジャファルが半端脅すよう少女にそう言った。それは虚言ではなく、ジャファルは実際に何千以上の人を暗殺している。魔物を含めれば何万を確実に越えるだろう。
ジャファルとしてはその事を伝えれば、少女と執事は怯えて逃げ、こんな馬鹿げた依頼を取り下げると考えての事だ。
しかし、そんなジャファルの考えも虚しく、少女は逃げる様子はない。怯えてさえいなかった。むしろ、少し前のめりになり興味を持ったように見える。
そして、少女は突然、手でフードをゆっくりと上げた。肩まで伸びている銀色、無表情でミステリアスな雰囲気を出している。顔は整っていて可愛いらしい少女だ。
突然の行動にジャファルは首を傾げる。すると、少女は「やっぱり」と呟いた。
「ジャファルは目、見えてない?」
「……なんでそう思った?」
「私は【眼持ち】。普通なら見たら驚く」
「……ふーん。なるほどな。しかし、見慣れているから驚かないという可能性もあるだろう?」
少女の瞳の色が透き通るような青色と赤色。左右で色が違っていたのだ。魔眼という特殊なスキルの影響である。
魔眼ーー体内の魔力を目に流すことで特殊な能力を発動することが出来るスキルだ。取得方法は解明されてなく、ある日突然、魔眼を発動できるようになった人も生まれた時から魔眼を発動することができる人もいる。そんな魔眼が発動できるようになる確率は100万人に1人とも言われ、魔眼を取得している者の事を【眼持ち】と呼ばれていた。
【眼持ち】を見分けるのはたまにいる偽物を除けば簡単だ。魔眼を取得している人によって色は違うが、片目の瞳の色が変わる。そして、この世界【オリジン】には人間、エルフ、ドワーフ、天人、魔人など様々な種族がいるが、オッドアイの種族はいない。なので、左右で瞳の色が違うのが【眼持ち】である。
「それはない。私は全てが見える」
「全てが見える? どう言うことだ?」
「どう言うことだと思う?」
「知らないから聞いてるんだが……」
「じゃあ、少しヒント。ーー暗殺者ジャファル。年齢は18歳。6歳の頃にとある事件で盲目になる。元から視覚、聴覚、嗅覚が群を抜いていたけど、視覚を頼れなくなり、聴覚、嗅覚に磨きがかかった。他には、影の適性があって【影魔法】を使える。スキルは殆どが暗殺者向け。ユニークスキルもーー」
「待て。分かったからそれ以上話すな。それ以上話すなら、お前の息の根を止める」
少女の情報に言葉を失っていたジャファルはこれ以上はまずいと殺気を放ち、少女にそう言った。常人であれば気絶するであろう殺気だが、少女は怯えた様子もなく、無表情のまま話を続ける。
「脅しているけど、本当に殺すつもりはない。ジャファルは罪のない者や邪魔をしない者は絶対に殺さない」
「……それは魔眼の効果か? それとも先に手に入れた情報か?」
「魔眼の効果。ジャファルの情報はこの執事ーーセバスが最初に言った情報しか無い」
「そうか……それじゃあ、あれか? お前の魔眼は相手の情報が分かる【鑑定】を強化したような魔眼か?」
「残念。正解は相手の過去が見える魔眼」
「っ! おいおい。マジかよ……。それが本当なら尚更俺が護衛する意味なんてないだろ」
ジャファルは呆れたような声で、執事ーーセバスに言った。相手の過去が分かる効果の魔眼など、どの国でも欲しいだろう。
内通者、犯罪者も嘘をつくことが出来ず、あらゆる悪事を企てることはできない。それにカノン自身が過去を脅して、金をむしり取ることもできる。こんな重要な人物ならどの国に行っても強力な護衛をつけるだろう。
しかし、険しい表情をしているセバスはそれを聞いて首を横に降る。
「残念ながら、お嬢様の力を欲しがる国は数えるほどしかありません。殆どの国が殺しにくると思います」
「? 何故だ?」
「お嬢様と私はこの帝国から指名手配されてます。それは他の国にも伝わっています」
「……ふーん。なるほどね」
ジャファル達が現在いる国は、アイト帝国と言われる国だ。そのアイト帝国は世界の中で領域が最も広く、最も兵力が高い国と言われている。これまで、幾度となく周辺の国と戦争をしているが、アイト帝国の勝率は9割。圧倒的な数の差で次々と勝利を収めていった。アイト帝国は戦争で負けた国には容赦ない事も、周辺の国には伝わっていて、宣戦布告された場合に即座に降伏する国も多い。
そんな強大な力を持ち、恐怖の象徴であるアイト帝国が指名手配を出した。その指名手配犯を匿えば、アイト帝国と戦争になるかもしれない。例えどんなに強力な【眼持ち】であろうと、匿いたくないのは当然だろう。
匿うとすれば、アイト帝国を敵視している国だが、そんな国にアイト帝国に住んでいた2人を受け入れるのは難しい。更にそのうち1人が【眼持ち】なら、奴隷にされ死ぬまで利用されるか、殺されるかのどちらかだろう。
ジャファルはそう考えながら、次の質問を考え始めるのだった。