終わりと始まり
「これより、第146回王国議会を始める。本日は、周辺国家の動きについて報告が上がったようなので、外交を中心に話し合いたい!」
城の一室に20人程の王族や貴族が集う。中央には、長方形のテーブルが置かれ、蒼いテーブルクロスが掛けられている。石造りの壁が日の光を反射し、漆黒ガラス細工達が輝いていた。そんな中、上座に腰を下ろした金髪の男が話し出す。青い瞳に整った目鼻立ち、ミスリルで出来た完全武装を装備し細長い身体を覆っている。
彼、レジャック・ミスリー・ラグナロク・エッダーは、アルトリオ王国の第4代国王だ。その明晰な頭脳で国内の不況を次々に解決させ、人々の間に「破格王」という通り名が生まれるほど卓越した人物だ。武芸に長け、戦場では先陣を切って戦った。
らしい...。レジャックは、自分が優れているとは思っていなかった。勿論、王として国民に評価されることは嬉しいのだが、過大評価はあまり気分が良くなかった。国内の不況を解決したというのは、王室派に楯突く貴族を追放しただけであり、戦場で先陣を切って戦ったというのは、ミスリルの完全武装のお陰である。今、この国が安定しているのは前国王であった父親達の働きが大きいだろう。兎に角、レジャックは自らを未熟な王だと思っていた。
(今は、議会に集中しないとな。)
「ではまず爺、報告書を読み上げろ。」
爺と呼ばれた白髪の老人、シャリューイン・ラッセラーが立ち上がる。レジャックも正しい年齢は知らないが、200歳は越えているというから驚きだ。年期の入った金色のローブを着こなしており、瞳には強大な生気が宿っている。歴代の国王に使え、政治の補佐をしてきたアルトリオ王国に重臣である。知識の保有量は、王国一と言われ、王国書庫官に任命されている。レジャックの教育係として仕え、自分の最も信頼する人物であった。
「分かりました、坊ちゃま。読み上げさせて頂きます。スロバスタル帝国なのですが、変わらず動きませんね。我々を警戒しているかと思われます。」
スロバスタル帝国というのは、アルトリオ王国の北東に位置する。労働者による革命がきっかけで比較的最近に作られた国である。統一された複数の小国が広大な領土となり、国力ではアルトリオ王国に勝っていた。
「国交はどうなった?我が国の使節団は戻ってきたか?」
シャリューインが言いにくそうに口ごもる。
「......使節団は殺されたとのことです。」
周囲が騒然とする。当然だ。使節団を殺すというのは、宣戦布告と同じだ。アルトリオ王国より強大とはいえ、総力戦になれば互いの国家に大きな打撃を与えることが容易に予想できる。貴族たちがざわめいたのは、スロバスタル帝国がこちらに宣戦布告してくることはないだろうという過信だろう。もしくは、自らの領土の心配でもしているのか。
これぐらいの事実は予測していたかのように、平然と、レジャックは口を開く。
「うろたえるな!......爺、続きを。」
「今のところスロバスタル帝国からの伝言は届きませんね。こちらから動く必要はないと思われます。話が変わるのですが、南の小国、シエラル国の魔導騎兵が国境を侵しているという報告もあったそうなのですが、これに関しては定かではありません。我が国の東の山賊どもの偽装かもしれません。」
「それで?」
「ただいま、我が国屈指の魔導部隊を2隊送り込みました。国境の防衛は容易でしょう。」
魔導部隊というのは、50人で構成される魔法使いの兵団だ。それが2隊というのでかなりの戦力になる。100人と考えると少なく感じてしまうが、それは一般兵の話だ。アルトリオ王国の魔導部隊は、下位天使の召喚、死霊術による生きる屍の作成、遠距離からの範囲魔法の連射などをこなす。全員が上級以上の魔法を使えるという超エリート部隊である。スロバスタル帝国がアルトリオ王国に簡単に攻められないのは、この魔導部隊が牽制しているからである。
ちなみに魔法には最低級、低級、中級、上級、最上級、魔級、魔神級、神級、天級、世界級の10の階級がある。しかし、人間が使えるのは最上級魔法が限界と言われ、さらに卓越した者がごくまれに魔級魔法を使うこともあると言われている。常識では、上級魔法を使えれば一流と呼ばれる魔法使いだと認められた。それ以上の階級の魔法は、竜や神、魔王といった存在が使うとされていた。
「まだ、報告が御座います。西のエレガン港が、海賊に襲撃されかけたそうです。」
「されかけた?されていないのか?」
「そのようですね。詳しくはわからな..」
「それに関して報告が御座います。」
いきなり、レジャックの左手にいた貴族、アステルダス公が口を挟む。煌びやかな服を着た小柄な男だ。貴族には、非常に大きな力を持つものがいる。5000人程の重騎兵や強力な魔法使いを従えている家も中には存在した。だが、この人物はそうでもないと考え直す。
(それでは、なぜ報告書以外のことをこの人物が知っているのだ?)
「なんだ? 発言は挙手をしろと言っているだろう。」
「信じられないかもしれませんが、漁師達の話によると牝山羊が出現し海賊どもを食い散らかしたそうです。海賊の中にも上級魔法が使える魔法使いがいたそうなのですが、牝山羊には歯が立たなかったようです。」
再び周囲が騒然とする。
牝山羊というのは、獅子の頭を持ち、羊の身体、毒蛇の尻尾という伝説級のモンスターである。アルトリオ王国では、度々目撃され被害報告も入っている危険生物だ。
(しかし妙だ、海辺に牝山羊など聞いたことがない。)
本来牝山羊というのは、森林や渓谷で活動するはずだった。
「まず聞きたいのだが、なぜお前がそれを知っている?お前は、私の直属の部下ではない。したがって、情報収集の命令を出した覚えはないぞ。
周囲の貴族やシャリューインから、共感の声が聞こえる。対するアステルダス公は、以外にもあっさりと答えた。
「そうですね、今から理由をお見せしましょう!................しかし、その代償としてここにいる人間には皆死んでもらいます。勿論陛下もですよ!ふははははははぁ」
誰よりも早く反応したのは、やはりシャリューインだ。その怒声が響きわたる。
「貴様ぁー、自分が何を言っているかわかっているのかぁぁぁ!今すぐ謹慎だぁぁぁ。それとも何者かによって操られているとでもいうのか?」
「はい、操られております。とでも言うと思ったかぁ?まあいい。実際操っているのだからなぁ。シャリューインぅ、俺は貴様のよく知る人間だぞぉ。」
どうやら、アステルダス公が何者かによって操られているみたいだ。などと、のんびりしていられる訳がない。
(何のために?それにシャリューインのよく知っている人物、誰だ?皆さんには死んでもらうというのも気になる。)
様々な疑問が脳内を飛び交う。ここは会話で情報を引き出すべきだ。シャリューインだけに喋らせておくのもよくない。レジャックが話そうと口を開いた瞬間、
ガン、パリーン、ドサドサ
耳をつんざくような音が室内に響く。
「何事だ?」
壁が壊されたようだ。水色のガラスは粉々に砕け、天井にはお日様が顔をのぞかせている。
悲劇はこれで終わらない。壊れた壁から、3メートルは優に越えるおぞましい生物が侵入する。それは今、最も見たくない生物だったに違いない。その恐ろしい姿に誰もが恐怖した。
「牝山羊....だと。」
(ふざけている。こんなことあるはずがない。まさか、これが)
「そう、これこそが私が知っている理由だ。」
ここで、絶望的な新事実が浮かび上がる。アステルダス公を操っている人物は、牝山羊を使役している、という。
レジャックは、周囲を確認する。やはり、自分、シャリューイン、アステルダス公の3人しか立っていない。他の貴族や知者、王族の者は全員気絶していた。改めて、牝山羊の強大な殺気を感じる。自分は魔道具で殺気耐性をえていたがら気絶しなかったのだろう。
「姿を見せろ卑怯者、いるのは分かっている。正々堂々と勝負しろ。」
新たな情報を掴もうと、なんとか会話を繋ぐ。勿論、正々堂々と勝負なんかしたら、こちらが困ることも理解していた。
思考を巡らせていたレジャックは、突然自分の前に現れた人物を凝視し考えるのを止める。
「その様子だとぉ、歓迎されていないよぉだなぁ、弟よぉ。」
「ガリグラーティー兄さん......。」
(ありえない。そんなはずがないんだ。)
ガリグラーティーというのは、自分の血の繋がった4つ上の兄だ。小さな頃は一緒に過ごしていたのだが、いつも優秀な自分と比べられ、曲がった性格になってしまったのがいけなかった。一時期王位に就くという話もあったが、あまりの暴虐さに前国王から見かねられ、レジャックが8歳の時、王宮を追放されたはずだった。
あれから11年、その男はこうして目の前に立っている。
「どうして?」
「お前らを叩き殺したいと思うのは、当然だろう。」
(不味い、非常に不味い。ガリグラーティーの目的が自分を殺すことなら、この場を切り抜けることはまず無料だろう。いや、切り抜けてもダメだ。この男にアルトリオ王国を任せることは絶対にできない。何かいい手はないのか?)
ここで一つだけ思いつく。「ガリグラーティーを倒す」 無理な話だ。ガリグラーティーを倒すということは、牝山羊を倒すということ。狂人の戯言だった。
(なぜ、私はこんなに弱いのだ?我が国の反逆者の1人や2人も倒せないというのか。破格王とは、この程度の者だったのか。)
ここに来て自らの無力さを感じた。
レジャックも剣や弓の訓練は幼い頃からして来た。魔法適性は無いみたいで、魔法は唱えられなかった。その分、政治の勉強をして来た。それがこの様だ。自分より劣っていると思っていた兄にすら勝てない。情けない。あまりにも情けない。
「死の覚悟は出来たかぁ?弟よぉ」
いつの間にか、シャリューインも倒れている。肩に大きな牙のあとが出来ていた。牝山羊に噛まれたのだろう。これで、ガリグラーティーに勝つ唯一の希望もなくなった。
「畜生...... 。」
「牝山羊ぁ、やれぇ!」
ガリグラーティーの声と共に、死体を漁っていた牝山羊が近づいてくる。
レジャックの腹部に牝山羊が爪を向け、腕を振るい攻撃してくる。レジャックは後ろへ大きく飛び退き回避する。しかし、牝山羊も一歩踏み込み追撃してきた。
「装甲」
レジャックは隠し持っていた杖で防御魔法を使用する。が、中級魔法では牝山羊の一撃は防げない。
(時間稼ぎで十分だ。)
防御魔法によって一瞬隙を作り、またもや回避する。そのまま、腰に差してあった短剣をガリグラーティーに向かって投げつける。
ツサッっと軽い小気味のいい音がする。驚いたことに、レジャックの投げた短剣はガリグラーティーの目に刺さっていた。
(勝ったのか?)
牝山羊は動かない。術者を倒した事により束縛が解けたと考えたかった。
しかし、現実は甘くなかった。
ガリグラーティーは目に短剣を刺されたまま、ニヤリと笑った。
「俺に勝ったとでもぉ思っているのかぁ、それはとんだ笑い物だなぁ。お前じゃ俺には勝てない。」
ガリグラーティーは己の目に刺さった短剣を引き抜き、レジャックに投げつけた。
すんでのところで身をかがめて避ける。だが、背後から牝山羊も迫って来ていた。レジャックが振り向いた瞬間、腹部に鋭い牙が刺さった。
「グハッ....」
レジャックの口から鮮血が溢れ出す。
(情けない男だな、俺は。)
最後に思ったことはこれだった。苦痛と共に自らの体が止まって行くのが分かった。
レジャック・ミスリー・ラグナロク・エッダーは、一度目の死を迎えた。
何か幻想的な光が見えた気がした。
それは、気のせいではなく七色に輝く光の玉だった。レジャックの体をゆっくりと優しく包み込んでいく。
次の瞬間、レジャックは赤色に染まった世界で横たわっていた。