第5話 もうちょいッスから!!
「う~ん、これぐらいで良いかなぁ?」
曖昧だけど、自信はある。
キッチンで味見をしている。
彼の大好物は知っていた。
純白のエプロンは少しサイズが合わないにしてもーー、その佇まいはまるで若奥様のようだった。
「ん、美味しい♪」
きっと誉めてくれるだろうーー、彼なら。
あえて無防備にしている。
とびっきりのサプライズで迎えたかったから。
限りなく丸裸に近い。
恥じつつ、願望にかなり近づけようとしている。
彼女は精一杯、頑張っていた。
裸エプロンという恥ずかしい姿で。
「おかえりなさい、どうしますか?」
ごはんにしますか? お風呂にしますか?
それともーー
(/ω\)キャー
……LはラブのLだった。
この瞬間に、萌える愛は越える。
ワタシにしますかなんて、そんなのは言えるハズもない。
カンカンカン。
聞き慣れた足音とそして「ただいま」。
きっとビックリするだろう。
サプライズハッピーを届けようとしていたのに。
「トオル様、お帰りなさい♪」
ガチャー、開いた扉からは予想に反していた。
彼女の微笑みに反して凶悪な眼差しが向けられている。
つまり、招かれざる客だった。
ひょんな宅配便ーー、チャイナドレスに身を包んだ大猫熊の姿がそこにある。
「はーい♪ あら、可愛らしいお嬢さんねぇ」
「ど……どちら様!?」
正直、驚くだろう、誰でも。
面を喰らった彼女の反撃を許さずに、すぐさま。
「さぁ、お眠りなさい……♪」
最初に嗅いだ香りは酷くキツかった。
俊敏な動きで背後を取られる。
まさしく拉致監禁する犯罪者の手慣れた手つき。
クロロホルムというーー、睡眠誘発材。
どうやらそれはこの異世界においても有効らしかった。
「むぐぅ!? …………スヤァ」
「うふふ♪ 完璧ね♡」
☞ ☞ ☞
許されざる行為にほかならない。
いち警察官として。
ランクアップした刑事になった今でもーー。
まるでパンドラの箱を開ける気分だった。
というより今や犯罪者に荷担しているーー、その時点でアウトであっただろう。
長年働いていたが、こんな所など知らない。
況してや、辿り着くことなど有り得やしなかった。
これは瞬間移動能力を有する大熊猫によるチートに過ぎない。
トオルはただ、人質となってしまっていた和凛を救う為に。
湾岸署のなかでもとくに超極秘裏にされている。
中に閉じ込められているのが何者なのか知らない。
厳重に封印されている鍵穴をあけようと懸命に汗水流している。
「ああでもない、こうでもない……いや、これか? ……違うなぁ」
「ねぇ、まだなの~?」
「もうちょい……もうちょいッスから!!」
切羽詰まったその状況で、突然聴こえてきた。
それはまるで抑揚のないーー、冷たそうな声だった。
ーーマルチKEYを使いますかーー
主人公ですら忘れかけていた。
神のごとき、メッセージが頭に鳴り響く。
ただ牢獄をこじ開けようとしていた彼にとってはじつに有難い。
神秘的かつ、真理を告げようとしている。
時間稼ぎをしているワケではないーー、真剣そのものだった。
妙にチャイナドレスの似合うパンダ。
スリットから覗かせてくる、そのふわふわの毛並みが喧しい。
邪魔をしてくるのも、忘れるほど。
「ンもうっ、早くしなさいよ!!」
混乱しかねない。 まずどこから整理しよう。
そしてそれからーー、どうすれば逆転できるのだろうか。
先輩達に都合が取れないのが物凄く悔しかった。
いまはただの裏切り者。
トオルは警察官としてあるまじき行為。
ーー犯罪者の一味として荷担している。
独房に匿われている極悪人の逃亡を手伝っていた。
カチャリ。
開いた分厚い扉の隙間からーー、か細く。
それはあまりにも痛々しい?
長く伸びた人差し指だった。
「い…………てぃ…………」
かつて観たことがある。
満月をバックに自転車の籠で。
宇宙人とのファーストコンタクトだったのかもしれない。
「おかえりなさいませ、王様!!」
そこから先は、あまりにも混沌と過ぎていて。
いくら異世界に馴染んでいたとしても。
正直、トオルは付き合い切れなかった。
「これって悪夢でしかないんじゃない??」
いまや同情を買うしかない。
それは切実な感想でもあった。
グレイタイプのーー、宇宙人がそこにいた。
ちょっぴり悪ふざけしております。
(^_^;)




