第15話 楽しそうね。アッチは……
時間にして僅か数刻にも充たない。
なのに、まるで一日を全力で費やしたように。
ふたつの巨体は額どころか全身に到るまで汗を滲ませていた。
「はぁ……はぁ……ッ」
「が…… Goddamn ……ッ!!」
大鬼の勇治郎と一角の娑夢は身体を九の字にしながらも、だが決して諦めようとはしない。
歯を食い縛り、ふたりはお互いの得意技で挑みかかる。
「ぬうぅぅ……うりゃあああッ!!」
「お仕置きデーーーッス!!」
リングの端から端まで0,1秒にも充たない速度での猛突進。
それすら軽くあしらわれ、正しく赤子の手を捻るほどであった。
それは娑夢も同じように、いつの間にか手にしていた凶器は虚しく空を切る。
熟練の暗殺術でさえ、最早児戯に等しいようであった。
かつてはふたりとも蓋世不抜の超人として恐れられていたのだが、いまでは微塵も感じられない。
そんな彼等を黄金に光輝く虎仮面がふたり、然も当然であるかのようにコーナーポストの上から見下している。
「「 生殺与奪権は我に有り!」」
見事なまでに同調する。
鷹野山と大野下は偉そうに腕を組み、眼下にした獲物をいたぶるような目線で睨み付けた。
観客からみても、その実力差は明らかであり、あとは如何にして仕留めるか。
少々厭きてきたのか、一部の面々は既に退席していたようで空席が目立つ。
昔からタカとユージを知っている連中に於いては、結果がどうなるかなどは早々と察しがつくのだろう。
何となく分かりきっていたコトだ。
そもそもふたりが揃った時点でこれ以上はない災厄なのだ。
あとは……自分の身にその災いが降りかからない事を祈るのみ。
中には、それすら楽しみにしている者もいるようであったが ──……
「さぁ! コーナーポストの上で自由の女神よろしく神々しく光輝くタカイガーとオオノシタイガー!! 彼らはいったい我々に何を魅せつけてくれるのでしょうか!? 散々暴れまわっていた大鬼と一角でさえあの有り様です! なのに余裕綽々な様子で、まるでその姿には悪魔のような雰囲気すら漂い……もしかするとトンでもない歴史的瞬間に我々は立ち会ってしまったのではないでしょうか!!」
たった三秒に全力でメッセージを籠める。
実況にも、まだまだ気合いが入る古舘伊一郎。
風が巻き起こる程にブンブンと尻尾を振り乱しながら、彼は握るマイクに盛大に唾を吹きかけていた。
「…………」
それでも尚、観客席に残った面子はよほどの好き者なのだろう。
皆は息を呑み、声を潜めてリング上の演劇に夢中になっている。
「ふぁ……ふぁ……っくょーい! チキショーい!!」
どこから漏れたクシャミかは分からない。
が ── それが最終局面への開始の合図となった。
「「 イクぜぇッ!!」」
刹那 ── ふたりの姿は忽然と消える。
ただ、けたたましい音だけが辺りに響き渡っていた。
勇治郎と娑夢はその正体に決して気付かないであろう。
しかし、観客のほぼ全員は気付いていた。
ある一定のリズムを刻んでいたその音には何処か聞き覚えがあった。
── 反復横幅跳び ──
目には見えないものの、それは確かにあの体力測定であったのだ。
つい最近、職場で行われたばかりだというのもある。
「そういえば……糖質高めとか言われたよなァ……」
戦慄の旋律とも思われたのか、観客席の一同は各々手にしていたカップを床へと置く。
どのみち繰り返される悲劇だというのに。
「……おい……娑夢よ……。いったい何なのだ、この音は……!?」
「 HAHAHAHAーーHA……。わっかりまセーン……」
気配を必死に探ろうとして辺りを頻りに警戒する勇治郎と娑夢。
様々な構えを取ったりしては狼狽ぶりが情けない。
ふたりには一切余裕など無かった。
凍り付いた表情で、ただでさえ頑丈そうな巨躯が更に固まりつつある。
唾を飲み込み、音が鳴り止むのを待つ……。
「……止まっ……た……??」
皆の疑問を代表して古舘が声にした。
次の瞬間 ── 皆は恐ろしい光景を目の当たりにする。
リング上を埋め尽くしたタカイガーとオオノシタイガーの姿であったのだ。
その数たるや百にも到る。
中心で背中合わせにしている当事者からすれば、これほどの地獄は無い。
たったふたりに手こずるどころか、まるで歯が立たなかったのだから。
それが今や、百人もの相手に取り囲まれているのである。
少なくとも、百人乗っても大丈夫なのだろう。
リングの設営陣の実力と本気が見てとれた。
「こ……これはいったいどういうことなのでしょうか!? 長年彼等に携わってきましたが、こんなのは一度も観たことがないッ!!」
中々のマニアっぷり。
流石は実況を名乗り出ただけのことはある。
これでもかと可愛らしい瞳をカッ拡げ、何故か内股になる古舘。
興奮しすぎるにも程があるのだが。
ただ、誰もそんな事を気にした様子はなかった。
寧ろ、目にした異様な光景に ── 目も背けたくなる光景に開いた口が塞がらない。
「 HAHAHA…… HAHAHAHAーーHA!!」
最早、笑うしかなかった。
自然と頬を伝う涙と鼻水を垂らしつつ、修羅場を幾つも乗り越えてきた娑夢でさえ正気を失うまでに。
しかし彼は違った。
「ぬえいッ!! こんなモノはまやかしじゃあああッ!!」
本能だけが全て。 自分こそが最強。
信じるべきは己の力。
勇治郎はその丸太の如き剛腕を目にしたひとりに叩き付ける。
どうせ残像だろうと思いきや、だが確かな手応えがあった。
と同時に華々しく、一方的な技が見事に極る。
「みぎゃあああああッ!!」
有らぬ角度へと折り曲がる右腕。
骨が皮膚を貫いていないだけマシだろう。
思わぬ激痛に堪えきれず絶叫する勇治郎。
いかな大鬼の超再生能力を以てしても、それは直ぐに治せるモノではない。
しかしそれでも足は動く。
勇治郎は涙目になりながら、また別のひとりへと砂を巻き起こすほどの豪快な蹴りを放った。
ぼきり。
嫌な音が会場内へと鳴り響く。
「ぬがあああああッ!?」
動きを視る隙などはない。
ただ一瞬にして、またしても有らぬ角度へと折り曲がる。
勇治郎の片手片足はもう使い物にならず、度重なる激痛だけが彼の頭のなかを支配してゆく。
果たして手を出さなかっただけ幸いしたのだろうか。
娑夢は一歩もそこから動こうとしない。
排泄物に染まってゆく下半身を気にしようともせず、たった一点に気付いた彼は見上げた。
燦然と光輝く夜空。
デネブ、アルタイル、ベガの見事な大三角形が映し出され、娑夢は今まで観ようともしなかった事を後悔する。
どうやらこの異世界に於いても地球と同じように星座というモノは在るらしい。
そして娑夢は暫く見惚れるも僅かに腰を沈ませて ── 夏の夜空へと羽ばたくように大ジャンプを決行するのであった。
「 HAHAHAHAーーHA!! 付き合ってられまっセーーーンッ!!」
逃げの一手に走る娑夢はまるでそのまま星になってしまうのではないかと思えるぐらいの勢いで解き放たれる。
だが見積もりが甘かった。
いつからそう呼ばれたのかは分からない。
誰が言い出したのかも定かではない。
もっとも危険であやうい刑事。
尾ひれがついて、様々な言われようではあるが大方間違ってはいない。
果たして彼等がみすみす凶悪犯を見逃す事などあるのであろうか。
……答えは否。
「待ってたぜ」
耳元に地獄の底から這い上がってきたような響きが囀ずり、突如背後からそれはしがみつく。
メキメキと身体の隅々から軋む骨。
必死に振りほどこうとする娑夢の怪力を以てしても決して引き剥がせない。
タカは、今まで溜まった鬱憤を晴らすべく遥か地上で待ち受けているユージ群へと目を配らせる。
その中からひとりが勇治郎を担ぎ上げ、上空へと飛び上がり、やがて重なりあうふたりは掛け声を共にした。
「「超合体落とし!!」」
センスの欠片も無い極め技が炸裂し、リングの中央へと盛大に降り立つ。
ふたりの怪物は悲鳴をあげる間もなく意識を失い、試合終了の鐘の音だけが湾岸署の屋上を埋め尽くしてゆくのであった ──……
「楽しそうね。アッチは……」
いまだに献血に勤しむトオル。
出番の無さに、少し寂しそうなようである。
遅れがちですみません……!
(´。・д人)゛
次回は4月11日辺りの予定です。




