第13話 じゃあ……どうにかしろよぉぉぉ!!
疾風怒濤の茶褐色。
四方八方に飛び交う脚力は尋常ではなく、白いマットのジャングルは最早唸り声で埋め尽くされていたのだ。
宛ら暴風雨。
僅かに漏れだす磁力の余波が床を伝い、それは署員達の毛並みを不自然なまでに逆立たせていた。
いわゆる、静電気だろうか。
リング上にいる当事者を除いた者達は皆、それは見事なもふもふ感を醸し出していた。
鷹野山と大野下が得意とする電磁技。
当然のことであろう。
湾岸署という警察署。
署員達、皆は、有りようにして人間に酷似しているが視るに明らかにして犬なのである。
ごく一部の犬種は艶かしいまでの肌色を晒しているのだが、実際のところ薄く長く延びた体毛がその全身を覆い尽くしている。
例外である犬種としてテリアなどの名が挙がる。
またはインカ帝国の聖なる犬として有名なペルービアン・ヘアレス・ドッグか。
歴史としては諸説あるが、祖先犬は約2000~3000年前のペルーの土着犬で、遥か昔はインカ帝国において聖なる犬として崇められていたとされている。
古くから貴族によって飼われていた歴史もあるらしいこの犬種。
短毛でも、可愛いモノは可愛い。
外観として、この犬の体のサイズには3つの種類がある。
体全体に被毛が無いのが最大の特徴だが、たいていは頭部にわずかな毛が生えている。
全体的にほっそりとした体格をしており四肢はすらっと長く、長い立ち耳となめらかな肌が特徴的だ。
人との交流を好み、特に飼い主や家族に対しては忠実かつ愛情豊か。
警戒心が非常に強いので優秀な番犬になろう。
だからといって、全てがペルービアンだというワケではない。
日本種だって、外来種に負けず劣らず。
などと、細やかに解説してきたものの。
今リング上で暴虐の限りをし尽くしているのは、その外来種であった。
シェパードとドーベルマン。
ギラギラと鈍い輝きを偲ばせる犬歯は舌が渇く間も感じさせず、天を貫くほどの咆哮をあげ、それはまるで今までの憂さを晴らすようであった。
「「 ウオオオオーーーーーン!!」」
雄叫びを挙げるのは、決して狼だけに留まらない。
しかし遠吠えなどでもなかった。
鷹野山と大野下の呼吸は一糸乱れない。
阿吽の呼吸とは、まさしくこの事を言うのであろう。
戸惑う巨躯がふたつ、囲まれてしまった暴風雨の中心部で互いに背を預け、滲み出す汗をそのままにしていた。
マット上にひたたり落ちる汗は窮地に陥った状況を具に語る。
やがて ── どちらからかともなく、たった一瞬ではあるが目標を捉え、掴みかかろうとすべく一気に駆け出した。
「ふんがぁぁぁっ!!」
気合い一閃。
大鬼の速度は、瞬発力は光速にも匹敵する。
しかしタイミングを読むには程遠く、強風を巻き起こすほどの豪腕は虚しく、残像を霞めるだけ。
「 HAHAHAHAーーHA! 無様デ~ス! ナニをトロくさいコトを……!!」
よろけ、体勢を崩してしまった大鬼の体たらくに呆れ返ってしまった娑夢は仰々しい一本角を煌めかせ、咄嗟に目に映った胸元に突き刺そうとする。
だが、手応えなど一切なかった。
「Why……??」
確かに捉えた筈。
こと、暗殺術に長けた娑夢の直感を以てすら、傷ひとつ付けることが出来なかったのだ。
眉をひそめ、頭上にはてなマークを浮かばせる娑夢を余所に実況中継が辺りに鳴り響く。
「お~とっ!? これはいったいどうしたことか~!? リング上に放たれた二匹の虎にまったく歯が立たないようだ!! 宛ら木偶の坊のようにして佇む凶悪レスラー!! いや、凶悪犯罪者達は茫然と立ち尽くしている!!」
レフェリーは不在なのだが、急かすようにして捲し立てる進行役。
興奮気味に振られている尻尾が彼の心のうちを物語っていた。
安物ではあるが、高性能を秘めたマイクを片手に両耳はピンと尖り聳え立ち、先程の台詞などは僅か1秒にも満たなかったのだ。
汗を拭き取ることなく、興奮気味の古館は、その可愛らしいマスクとは裏腹に、どうにも抑えきれないようであった。
息継ぎする間もないまま、彼は椅子に座ったままで更に実況中継に興ずる。
「さあ!! 突如として顕れた二匹の虎仮面!! 奈落を彷彿させる漆黒の暴風雨!! 燃え盛る炎の終着駅を迎えたかのように灰色に染めている!! そして……いったいこの混然たる嵐は我々にナニをもたらすのか!!」
ここまでが一息。
区切ってはいるようであるが決して息継ぎなどしていない。
少しズレた眼鏡をクイッとかけ直した古館は思わず前のめりになり、釣られた観客も皆、息を飲み冷静にのめり込んだり、それ以上に盛大に声援が喧しく鳴り響いていたのだ。
「やれーーー!!」「焼き尽くせーーー!!」
「リア充、爆ぜろーーー!!」「マジ、おんじ!!」
所々で、ワケのわからない暴言が混じる。
別室は医務室にて、隙をついて命からがら逃げ延びたトオルは、今にも力尽きてしまいそうな冷たく、か細い掌を優しく温めながらモニター越しにその光景を眺めていたのだった。
多分、有り様を視るに傍観していても決着はつくであろう。
だが今はそんなことに現を抜かしている場合ではない。
腹部に深々と突き刺さっていた凶器は取り除かれたものの、その表情は蒼掛かっており、吐く息にも最早気力が灯っていなかった。
ゆるふわショートカットは既に血にまみれ、その端々はゴワゴワで虫の息だった。
人魚の和凛は包帯を巻かれ介抱されていたに関わらず、モニター越しの騒動などには一切興味を示さない。
況してや、ずうっと励ましているトオルの真剣な応援すら届いていないようであった。
「先生……どうか……彼女を助けてください……!!」
診察を担当した医師に、トオルは深々と心から頭を下げる。
しかし次に告げられた台詞に思わずポカーンとせざるを得なかった。
開いた口が塞がらない……。
「血が足らんのです」
見れば分かる。
今、この時をして、いったいナニを言うのであろうか。
ふくよかな体つきの、目の前の白い毛並みの犬が非常に腹立たしい。
「わふっ」と言い放つ態度が更にトオルを焚き付ける。
「じゃあ……どうにかしろよぉぉぉ!!」
白衣の胸元を血走る眼で締め付けるトオル。
咄嗟に行使した閉め技。
互いの手をクロスして、担当医師の頚をキツく、意識を刈り取る如く挟み込むのである。
「ぎゃわん!?」
その悲鳴はまさしく「ギブアップ」と言っていたのだが、今のトオルには全く通じず、一切耳に届いていなかった。
すかさず、治療器具を直すべく片付けに従事していた看護師が駆け付ける。
「先生っ!? ちょ……トオルさん! 落ち着いて!!」
ふわふわの感触だったのだが、抱き締められた感触に優るものはない。
敢えなく落ち着きを取り戻したトオルはゆっくりと椅子に座り直し、再び和凛の手を取り、荒ぶりを一先ず奥底に仕舞おうとした。
数回、深呼吸を済まし、ようやく冷静さを取り戻したトオルは真剣な眼差しで医師に問う。
「……で……血が足りないのであれば、補充すれば良いのではないですか?」
その問いに対して投げ掛けられたのは、あまりにも非情な答えであった。
「彼女の血液型は……R2-D2、チューバッカwar系+-O型という、非常に珍しいモノなのです……」
RHマイナスだとかは聞いたことはある。
しかし、まったく聞いたことのない血液型だ。
ここでめげることを余儀なくされてしまうのか?
否。断じて。
トオルは決して食い下がらない。
「じゃあ! その人を直ぐ様連れてきてください!!」
和凛のか細い掌を握る力に思わず熱が灯り、真摯な眼差しが丸く可愛らしい瞳の中へと映り込んだ。
恐らく雑種であろう白衣の担当医の眼にトオルの熱意が伝わる。
果たして、今まで彼がここまでして自分に必死に語りかけてきたことがあろうか。
和佐・輪棹。
長年、トオルや署員との付き合いに携わってきた彼は掛けていた眼鏡を机へと放ち、やがて医師の本分を取り戻したようにして力強く告げた。
「よし! やるだけのことはやろう!! いや……絶対に救ってみせる!!」
雄々しく立ち上がった様に看護師は惚れ直したかのようだった。
それはトオルも同じく。
「……そういえば……トオル。 お前さんの血液型って何だっけ……」
異世界に来て、初めての疑問。
果たして自分はあの世界と同じ体質なのだろうか?
怪しく構える注射針。
鋭く尖った先端からは、逃れられることのない地獄が待ち受けていたのであった。
遅れがちですみません……!!
(´。・д人)゛
次回は3月27日の予定です。




