第12話 ……だせぇーなぁ……
遅れがちで申し訳ない……
(;>_<;)
『もし、この世界に神様がいるのであれば……どうか、どうか助けてください!!』
地球のド真ん中ではなく、湾岸署の屋上で愛を叫ぶ。
東西南北、経てして日本の中心部ではなかろうか。
カモメが飛び交う湾岸地域。 深夜遅くの警察署。
空気を読まない鳥達は、滑稽な有り様に嘆いているようにも思えた。
ただ、基本的に鳥類は日勤制である。
夜勤などは梟ぐらいのモノだろう。
スーツの胸元に誂えられた桜の大門は辺りに吊るされた提灯の明かりに照らされて僅かに煌めく。
皆が警察官なのである。 一部を除いて。
トオルは優しく、腕の中で夥しい血にまみれた和凛を抱き抱えながら、切なる願いを夜空に祈った。
当然ではあるが……返事などあろう筈もない。
もし、神様がいるのであればとうの昔に聞き入れ、このような世界には飛ばされる事はなかったであろう。
満点の星空は何も応えず、ただ目の前に立ち聳える怪物だけが朗らかに笑むのであった。
「 HAHAHAHAーーHA……。 そのgirlを寄っ越しなサ~イ……」
その表情とは裏腹に、投げ付けられたその言葉には珍しく抑揚がなかった。
全ての感情を圧し殺したような響きに、トオルは堪らず息を呑む。
「そこをどうか……お許しいただけませんでしょうか……」
「NO。デ~~~ス」
ということは死なないということか?
などと都合よく受け取ろうとするトオルをやはり遮る一角の沙夢。
彼は和凛の腹部に深々と突き刺さった愛用の武器 ── バリカンを抜き取ろうとゆっくりと手を差し伸ばしてきた。
トオルは咄嗟に和凛を庇う。
そのせいで逞しい腕は背に弾かれ、滑るようにして姿勢を大きく崩してしまった。
沙夢はいなされたことに対して激しく憤りを覚える。
「邪魔をするならば……アナタごと始末するまでデーーース!!」
もう一方の手に握られた凶器がけたたましく叫ぶ。
散髪道具などではなく、最早一個の殺人兵器であった。
飛び散る汗を垣間見ず。 間一髪、身を翻し躱すトオル。
ここでは分が悪いと察したのか身体は自然と逃げの一手へと転じる。
俊敏な耳の長い野性動物のようにぴょんぴょんと跳び跳ね、後ろから追ってくる怪物から逃げ回る。
しかし辿り着いた場所が悪かった。
まるで愛する人を守るために用意されたかのような場所。
白いマットのジャングルは然も嬉しそうに微笑んでいるようにも見えた。
気のせいである。 強ち間違ってはいないかと。
目の前で頸をコキコキと鳴らし、拳をバキバキと鳴らす巨漢。
大鬼の勇治郎。
彼はつい先ほどの一撃から回復したようで、恨みがましい目付きはトオルではなく、後生大事に抱き抱えられている和凛へと注がれていたのだ。
「おい、若造……その小娘を寄越せ。さすれば貴様だけは見逃してやろう」
顎を擦りながら傲慢に脅迫する勇治郎。
圧倒的な筋肉が更にトオルの心をへし折ろうとする。
だが、まだ命を見逃してくれるだけ有り難いのではないだろうか。
今、和凛を差し出してしまえば自分だけは助かる。
至極単純なことだ。
処世術としても度々、馳走にありつけたこともある。
交渉に応じるべく、そうっと床におこうと、投げ出そうとしたその時。
聞き取れないほどの微かな声がトオルの心を突き動かした。
「はなさ……ないで……ぇ」
一筋の涙が血にまみれた手の甲に落ち混じる。
途端、メラメラと正義の力が湧き溢れた。
トオルは和凛を優しく抱き締めながら、姿勢をピンと正す。
「だが、断る!!」
いたいけな少女ひとり守れないなど警察官にあるまじき失態。
否、厳然たる男子たる者。
たったひとりの女を守れないでどうする。
決めていた筈だ。
あの時から……もう二度と誰ひとり手離してなるものかと。
「その心意気やよし! ならば……相手をしてやろう。 貴様にはあの時世話になったからのう!!」
過去、ありとあらゆる攻撃を避けられては無様な姿で恥を掻いた勇治郎。
どうやら未だに覚えていたらしかった。
しかし今回はあの時とは状況が大きく違う。
軽やかにマット上に着地した一角の娑夢は気配を消しつつ、トオルの背後から忍び寄ろうとした。
いわゆる、2VS1。
あからさまに分が悪い。
「ええい! 邪魔をするでないわ!! これは漢と漢の闘いなのだ!!」
咄嗟にトオルを庇い背に預け、勇治郎は娑夢の腕を掴み握り締める。
「 Ouch!!」
西瓜ですら簡単に握りつぶす握力。
怪力は大鬼の得意分野である。
意外や意外。
勇治郎は沙夢をこの場から除外し、河川敷で夕焼けを背景に誓いを交わしたアツい約束を果たすかのようにトオルを義理立てるのであった。
対して、沙夢は苦悶の表情を浮かべ得物を落とす。
「……分かりま~シタ……ですが、くれぐれも油断なきように……」
隠しきれていない殺意を奥底に仕舞い込もうとする沙夢は、まるで苦虫を噛み潰したかのようだった。
甲高い歯軋りがそれを深く物語っている。
何を企んでいるのかは杳として知れないが、一歩引き下がる。
聳え立つ一本角は厳かに輝きを帯び、沙夢は弛む頬に力を籠め……どちらでも構わない。最終的に自分が勝てれば良い。
といった風な、どことなく勝ち誇らしげな態度を取っていたのだ。
床に落ちた武器を拾い上げ、凶悪な笑みを滲ませる。
隙をついて甘みにありつこうと、傍観者に成りきろうとした ── その時。
百獣の王ではないが密林の狩人がふたつシルエットが、四方に立ち並ぶ鉄柱の上に飛び乗り、名乗りをあげたのだ。
虎だ。 虎になるのだ。
威風堂々とした強靭な体躯の、その顔付きはまさしく虎。
しかし、僅かに伸びた口許は犬そのものであった。
ふたりの虎のマスクを被った犬。
トオルはなんとなく嫌な気がする。
その推測は強ち間違いではない。
「なんだーっ!? 突如現れた虎の怪人っ!? 果たして彼らは何者なのでしょうか!?」
突如、マイクを手にした、眼鏡を掛けた署員が実況し始める。
もふもふっぷりはたっぷりと、なお愛嬌のある犬種。
その姿はマルチーズに近い。
なのに全く違和感が感じられないスーツ姿。
着こなした風合いは彼の歴戦のレポーターのようであった。
一気に捲し立てるのを信条とする ── 古舘伊一郎。
彼はリングサイドに簡易的な実況席を設けて、ようやく本番を迎えた物語に華を添えるのであった。
辺りのパイプ椅子は悪用される為、最低限に準備されている。
悪役にはもってつけなのだから。
寧ろ、被害が此方に向けられては堪らない。
古舘はそうまでして目立ちたいようであった。
彼はズレた眼鏡をかけ直し息巻く。
「いったいあの虎の仮面を被った者は何者なのでしょうか!? 片や悪役ふたり、片や正義ぶった虎!! 僅かに見える尻尾からは私達と同じに見えますが……果たして……!!」
煽れば煽るほど盛り上がる観客。
正直、トオルはうんざりしつつ取り囲まれた現状からは逃れられない。
真っ白な床を染める鮮血。
ひゅーひゅーと虫の息の和凛を早く医務室へと届けたかったのだが。
全く身動きが出来ず、成り行きを見届けるしかなかった。
ただ、ひとつ分かったことがある。
赤いマントを靡かせる虎男、ふたり組。
どう考えても彼らはあの先輩だということだった。
「ごめんね、わりんちゃん……もう、しばらくの茶番だから……!!」
言っていて、己れの不甲斐なさに悔やみ奥歯を噛み締める。
一心に和凛を励ますトオルは気付いていなかった。
これから繰り広げられる地獄に。
二匹の虎は目配せなど一切せずに遥か高くへと舞い上がり、クロスを描くようにして華麗な跳び蹴りが炸裂した。
「エックス」の閃光が皆の目に写り、たまらず溢れる嗚咽。
「「 ぶぐわっ!?」」
強烈な足技が冴え渡り、ふたりの巨熊はたたらを踏む。
微かではあるがトオルに向けられた視線からは「あとは任せろ」と言っているようであった。
「……もう、勘弁してくださいよ……」
溜め息は自然と、ことのなり行きを吐き出す。
隙をついてリング上から離れようとしたのだが。
予想だにしていなかった一撃に必死にこらえ、大鬼と一角の怪物は、決してトオルを。
息も絶え絶えな和凛を逃さないように、ゆらりと身体を起こし、虚ろで朧気な目線を投げ付けたのであった。
怨み募れば然もあいらん。
喰らわせられた強烈な蹴り技など意に介せず、逃げ去ろうとするトオルへと駆け寄ろうとするふたり。
しかし、それは煮詰めた蜂蜜より遥かに甘い油断であった。
散々、出番がなかったドーベンマン刑事 ── 鷹野山は憤りも甚だしく、やっと見せ場が来たのだと気合いを新たにした。
虎が雄叫びをあげる。
「悪党に……鉄槌を!! 我ら虎仮面が粛正する!!」
あまりのセンスの無さに一言。
誰にも聴こえないようにポツリとトオルは囁く。
「……だせぇーなぁ……」
観客を代表しての呟き。
斯くして、目立たぬようにしてトオルは会場を立ち去る。
抱き抱えられた和凛の表情からは苛立ちなど一切感じられなかったが、付き合わされる身にもなれよと語っているようであった。
相変わらずカオスな展開(爆)
一応は物語の結末まで想定しているのですが……
ちょいと時間に追われております。
重ね重ね、ご容赦くださいませ。
次回はあくまでも3月15日辺りの予定です。




