第11話 え~とぉ……何の御用でしょうか?
遅れがちですみませんっ。
(´。・д人)゛
ゆっくりと額は持ち上がり、目尻が歪む。
邪悪な意思は感じられない。
しかし憎たらしいのは当然であろう。
正方形の白いマットのジャングル。
各位に聳え立つ鉄柱。
対峙したふたりは決して目線を逸らすことなく。
相手の一挙手一投足に目を配らせる。
ずうっと睨み合い、牽制し続けるのかと思われたのだが。
時待たずとして突っ掛かってゆく大鬼の勇治郎。
怪物の圧倒的な筋力が猛威を奮う。
上段に構えられた丸太のような右腕は嵐のごとき唸り声を轟かせ、巻き起こる風が観客席にまで届く。
凄まじい威力を秘めたラリアット。
だが実を結ばず虚しく空を切る。
勇治郎に匹敵する体躯の持ち主、一角の沙夢は軽やかに身を翻し、一瞬にして対角線上へと移動していたのだ。
着地しても、僅か足りとも音がしなかった。
流石は歴戦の戦士なのだろうか。
否、沙夢は凶悪殺人犯である。
おおかた、軽業にも長けているのであろう。
身のこなしは洗練されており、何よりも ── それは顕著となる。
「……むむっ!?」
こめかみに伝う微かな血流。
あの一瞬で勇治郎の頭部には細やかながらも切り傷が付けられていた。
普段、散髪道具に使われるバリカンは今や極悪非道な凶器と化す。
「 HAHAHAHAーーーHA☆ 軽いご挨拶デース♪」
持ち前の一本角には頼らずとも、それがまるで躯と一体化したかのように。
もしかしたら、このスタイルこそが真の姿なのかもしれない。
そしてそれは相手を認めた証しでもあった。
嬉々として手にしたバリカンを勇治郎に突き付ける沙夢。
彼は死刑宣告さながら、ぎらつく闘志を剥き出しにしていた。
公開処刑。
沙夢にしてみれば、そう一方的な展開を予想していたのだが、それは大きく覆される。
「ふんぬっ!!」
気合い一発。
即座にして血は止まる。
みるみる内に塞がる傷口。
瘡蓋が痒いのか、勇治郎は蚊に刺されたようにポリポリと頭を掻く。
これこそが大鬼の恐るべき能力 ── 超再生能力である。
かつて処罰される筈であったのだが何を以てしても直ぐ様回復してしまうので、仕方なく氷漬けという刑罰にて囚われていたのだ。
最重要極悪犯罪者にのみ使用を許可される牢獄9号室。
永久凍土の中、それでも勇治郎は生き続けてきた。
多分、限り無く不死者に近い。
大鬼を仕留めることは生半可なものではない。
「ファイっ! ファイっ!!」
審判役のシェパード、ユージは互いに動こうとしないふたりを急かした。
よく考えてみれば……自分を二度も牢獄にぶちこんだ男である。
しかも、もうひとりの姿は見当たらない。
勇治郎はユージをぎろりと睨み付ける。
「な……なんだよ? お……俺ぁ審判だぞ!? 審判ってのはな神様なんだぞぉぉぉっ!!??」
びくつきながらも偉そうに振る舞うユージ。
尻尾が垂れ下がり気味なのが、彼の心境をよく顕していた。
何様でもなく、無論神様などでもない。
隙をつき、ぬるりと悪魔の囁きが勇治郎の心の隙間に忍び寄る。
「チャンスですYoh……。 さあ、今こそ復讐を果たしまshow……」
不思議にもそれは誰の耳にも届いていなかった。
何故ならば、辺り一面にいるのは聴覚と嗅覚に優れた生物、犬なのだから。
悪党にのみ許された技なのか、はたまた沙夢にのみ使える技なのかは分からない。
おうちを聞いても分からない。
闘うべき相手は奴ではなくこの犬だ。
大鬼の闘志は塗り替えられ矛先はぐるりと転換された。
白いマットのジャングルには、今や二匹の猛獣が放たれ、たった一匹の哀れな犬が取り囲まれていたのである。
「う……そだろ……っ」
話が違うじゃあないか。
ただでさえ、署長までもが楽しみにしているのに。
しかも相棒は医務室で治療中だ。
ユージはかつてないまでの窮地に立たされ逃げ出すことはおろか身動きすら出来ず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
ただひとりその様子に気付いたトオルだけが頼りだったのだが、まったく素知らぬ態度なのが解せない。
斯くしてユージはとっておきの技を繰り出す。
「…………あ!!!!」
☞
「「「「「 うん??」」」」」
釣られて観客を含んだ皆の意識がユージの人差し指の先へと向く。
この大舞台に於いて余所見などというトンでもない奥義を繰り出したのである。
見事に引っ掛かったその隙をついてユージは忽然と姿を消してしまった。
「……え? どういうこと??」
代表して観客のひとりがポツリと呟く。
特に、リング上に居たふたりはあんなくだらない技に引っ掛かってしまったのかとガックリと膝をついていた。
その表情は見えないものの背中に悔しさが漂う。
……行き場の無い怒りが沸々と込み上げてきた。
「んがああああああっ!!」
「 Goddamn !!」
会場全体を見渡すふたり。
ギリギリと歯軋りしながら行方を眩ましたユージを探しだそうとした。
と ── 勇治郎は事の発端とおぼしき者を目にする。
思わず目があってしまったトオル。
自分の顔を指で指すも否定すべく激しく手を振るのだが、瞬時にして暗闇が覆い被さり衝撃と共に猛獣が放たれた。
ちなみに、既に署長の姿はない。
危機管理能力に秀でた彼は僅かな間に退席していたのだ。
チベタンマスティフの名は伊達なのだろうか。
ふしゅー、ふしゅー、と荒い吐息が吹きかかる。
堪らず唾を呑み、それでも勇気を出してトオルは勇治郎にやんわりと語りかけた。
「え~とぉ……何の御用でしょうか?」
「すっとぼけるのも大概にしろ!!」
むんずと首許を掴まれたトオルは膝に乗せていた美少女、人魚の和凛ごと宙に浮かされてしまう。
「んごっ……んごっ……んごっ……」
このままでは窒息死すら容易い。
みるみるうちにトオルの顔が朱色に染まってゆく。
そんな危機的状況を打破したのは意外にも和凛だった。
「何すんのよさっ!!」
可愛らしい台詞とは裏腹に強烈な頭突きが勇治郎の顎を打ち上げる。
ばきゅーーーーーん!!
「ごぶっ!?」
銃声のような音が鳴り響き、その威力は勇治郎をリング上まで吹き飛ばすほどであった。
何が起こったのかは分からなかったが多分、助けてくれたのは和凛だろう。
「こほっ、こほっ……。 あ……ありがとうね……」
ゆっくりと着席したトオルは咳づきつつ、和凛の柔らかな髪を撫で感謝を告げる。
定位置なのかトオルの膝から決して離れようとせず、その行為に甘んじる和凛。
「えへへへ……♡」
彼女は最早、恋の虜であった。
微笑ましい光景が映し出される最中、気を失う寸前の勇治郎が必死に立ち上がり、再度トオルへと睨み付けた。
「なんだ……あの娘は……」
下顎を擦りながら、流石の大鬼でも意識を回復させる事は出来ないらしい。
ふらつく両脚が今もなお頭の中を衝撃が襲っているように見える。
「 HAHAーーHA☆ 情けないデースネー。あんなGirlにひけをとるだなんて…… AHAHAHAHAHAーーHA!!」
「ぬえい! わらうでないわ!! そもそも貴様が……ん? はて、ワシはいったい何を…………そうじゃ! お主と闘っていたのではないか!! さぁ、再開しようではないか!!」
「 AHAHAーーHA……。 Why? なぜ元に戻っているのデースか!?」
信じられない様子で強張り、笑みが引きつってしまう。
沙夢は明らかに動揺が隠せないようだった。
やがてふと気付く。
先程の和凛の一撃であると。
「……どうやらあのGirlはMeの計画には邪魔者DEATH……」
沙夢の双眸に禍々しい殺気が点る。
刹那 ── 放たれた凶器は深く突き刺さり、ぐったりと和凛はトオルの手の中で項垂れてしまった。
「え……どうしたの?」
その変化に気付き、自由になった左手に着いた赤い液体。
トオルは瞬時にそれが和凛の血であると理解した。
「わ……わりんちゃん!! しっかり!! しっかりして!!」
深々と突き刺さるバリカンは中々抜けず、しかし抜いてしまえばもっと流血するのではないだろうか。
即座に抱き抱え、会場を後にしようとしたのだがそうはいかなかった。
「……逃しまっセ~~~ン……」
いつのまにか目の前に沙夢が聳え立っていたのであった。
最小限にキャラは絞っているつもりなんですが……やっぱり増えてしまいますねぇ(爆)
(;゜∇゜)
次回は3月3日の予定です。




