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こちら異世界派出所前。  作者: caem
season2【夏】暑苦しい。灼熱は甘い誘惑。
30/63

第10話 あ、ごめんね……?

相変わらずです(笑)



 時を告げる蝉は既に鳴りを潜め、辺りは閑散としていた。

 夕闇迫る湾岸署 ── その屋上だけを除いて。


 真夏の夜の風物詩、ビアガーデン。

 昼間っから呑めるところもある。

 だがここはあくまでも警察署なのだ。

 しかし警察官だから呑んではいけないなどという規則(ルール)はない。


 今や湾岸署の屋上は所狭しと賑わい、各々酒を片手に楽しんでいたようであった。

 いや、そうせざるを得なかったのかもしれない。


「おぅい。こっちにもビールをくれ~」


「はい、生いっちょう!」


 半ばヤケクソ気味に手渡されたがキンキンに冷やされていたグラスを煽り、一気に流し込む。

 喉を鳴らしながら五臓六腑に染み渡ればなにもかも忘れてしまうものなのだ。


「ぷはーーーっ!!」


 堪らず溢れる歓喜の声。

 それは辺り一斉から聴こえてきた。


 口許に着いた泡を綺麗に舌で拭い、更に追って喉を潤す。

 汗ばむほどの暑い夜、涼をとる署員達(わんわんお)はなんだかんだで楽しんでいた。


 と ── 突然、辺りに暗闇が訪れるも会場の中心部が照らされる。


 ライトアップされた特設リング。

 一際目立つ巨体がそこ(・・)に立ち(そび)えていた。


「赤コーナー……500パウンドぉぉぉ……。 大鬼(オーガ)勇治郎(ユージロウ)ぅぅぅぅぅっ!!」



 ── わあああああッ!! ──



 沸き起こる観衆。

 そして遂に明かされた大鬼(オーガ)の名前。

 勇めて、治める。

 モノは言いようかもしれない。


「ういぃぃぃ……はっはーーーっ!!」


 調子にのって、観客の声援に答える大鬼(オーガ)の勇治郎。


 髭も生えていないのに、まるでどこぞのプロレスラーを彷彿させるかのアピール。

 これには否が応にも観衆が盛り上がる。

 どうやらほぼ全員が()のプロレスラーのファンであるようであった。


 対して、映え渡る蒼の絨毯を歩み、中央に備え付けられた特設リングに軽やかに宙を舞う巨体 ──


「青コーナー! 551パウンドぉぉぉ…………。 一角(イッカク)沙夢(サム)ぅぅぅぅぅっ!!」


「 HAHAHAHAーーーHA☆」


 一角(イッカク)沙夢(サム)は声高らかに、快活に笑い声をあげるのであった。

 キラリと輝く一本角。

 だがそれはあくまでも下顎から生えた出っ歯である。


 こちら(・・・)は異世界であるが、どうやら現実世界に(のっと)った生物学上の構造(スタイル)だった。


 ちなみに、イッカクの主な捕食者はホッキョクグマとシャチである。

 ある意味、大鬼(オーガ)(まさ)しく大敵(・・)と言えるであろう。


 特に決めポーズはないのか、観衆に対して忙しなく投げキッスの嵐。


「Boo! Booーーーッ!!」


 ()くしてそれは非難轟々(ひなんごうごう)

 ファンは一人も居ないのか、一斉に親指が降り下ろされる。


 それもそのハズで、()のせいで日常業務に支障を(きた)しているのだから。

 一部の者達は楽しんでいるようにも思えたが。


 緊急召集された面々 ── 湾岸署の署員達(わんわんお)は、付き合わされるハメになった己を悔やむ。

 

 だが当の本人(・・・・)はどこかしら他人事のようにして口笛を吹いていた。

 (むし)ろ、(はた)から見ればそれは家族であるかのように微笑ましく。


 ちんまりとした、美少年と見間違うばかりの美少女(・・・)を膝の上に座らせていた。

 トオルは思わず目前のゆるふわ髪(ウルフカット)を撫でる。


 ……(うつむ)きがちに顔を伏せる美少女、和燐(わりん)


 自ら提案したものの、その厚待遇に照れは隠せない。

 トオルの空いた片方の手にそうっと掌を被せ口許に悦びが浮かぶ。

 やがて自然と胴元へと導かれた。


「キィィィっ!! あんの小娘ぇぇぇ……」


 一部の熱狂的ファンのひとりが代表して手拭い(ハンカチ)を噛み締めている。

 意外にも教育が行き届いていなかったようだ。

 というか、やはりトオルはそれなりにモテているという証がそこにあった。


 しかしトオルにしてみれば今はそれどころではなかった。


 何故ならば ── 彼の隣には神にも等しき存在の姿があったからだ。


 課長どころではない。

 遥か極みの絶対的な権力が周囲に放たれる。


 もふもふ感も(はなは)だしく、見た目は可愛らしいものではあったが。

 (たたず)まいの所作にはまるで隙がなく、組まれた両腕からは即座に覇気が(はな)れていたのである。


 チベタンマスティフ ──獅子を彷彿させる毛並みと肉食獣を想わせる鋭い眼光が会場全体を見渡していた。

 質素ながらも豪華なスーツは一介の刑事が着こなせるモノではない。


 湾岸署の頂上に君臨する(かしら)はすぐ隣の座席で萎縮しているトオルなどには一切構わず、意気揚々として待ち()びていた。

 どうにも、闘い(バトル)が好みらしい。


「早く……始めんか……!!」


  既に空っぽであったグラスは宙に浮き、僅かに紅潮した頬は酔いを示していた。

 貧乏揺すりの如く震えていた片足が激しく観客席の床を叩き付けたのである。

 観衆は固唾(かたず)を呑む……。


 同時に、審判役を買って出たユージは思わず焦ってしまった。


 普段「お調子者」として振る舞ってきた彼にはまるで似つかわない。

 勇猛果敢なシェパードでさえ、()のマスティフ犬には叶わないのだろうか。


 ()くして滲む汗を堪えながら、爽快な鐘の音が鳴らされたのである。


  ── カーーーーーン ──


 開始の合図とともに猛牛は突進した。

 大鬼(オーガ)の勇治郎。

 彼は四方に貼り廻らされたロープなどには頼らずに疾風怒濤の勢いで沙夢(サム)に襲い掛かる。

 そんな彼ではあるが今や年は老いさらばえ、寄る年月には勝てぬだろう。


 だが決して体力の衰えなどは微塵も感じさせず、稲妻の如き目映(まばゆ)い閃光が観客席の皆を惹き付けた。


 しかしそれは徒労に終わる。


「 HAHAHAHAーーーHA☆」


 巨体が鮮やかに宙に舞う。


 照明は鮮烈に躯を照らしつけ、優雅に円を描く様に魅入ってしまう。

 観衆は汗を掻くのも忘れ、その見事な体捌きに「ほう」と溜め息を漏らしてしまうほどであった。


「むう、流石は終世の宿敵(ライバル)よ。だが……ワシとてただダラダラと過ごしていたわけではないわ!!」


 かつてふたりの刑事により決して裁かれることのない牢獄で封じ込まれていたクセに。

 その一言には復讐を誓う念が()められていた。

 大鬼(オーガ)の勇治郎は一際激しく闘志を剥き出す。


「お(あつら)え向きデ~ス!!」


 覚えたばかりの日本語を唱え、沙夢(サム)は奇妙な、珍妙な構え(ポーズ)をとる。

 と同時に顕れたのは ── 幾十にも並べられた鋭い刃。

 いったいどこに隠し持っていたのか。


 今、彼の両手には振動音を奏でる器具。

 または凶器にも成りうる存在があった。

 果たして、使い(みち)などあるのであろうか。

 ……それは世間一般でいうバリカン(・・・・)であった。


 違う点とするならば、その振動する刃の長さと。

 周囲を喰らい尽くさんとするばかりにけたたましい駆動音。


「……お仕置きデーーース……」


 いつにも増して気合いが入る沙夢(サム)

 その角と表情からは一切の油断が消えていたのであった。



大鬼の名前、ヤバいなぁ。

とはいえ初めから決まっていたので変えません。


主人公、トオルの出番が殆ど無い件(爆)

タイトル、難儀だわぁ。

(;゜∇゜)


次回は2月23日辺りの予定です。

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