第8話 お……俺は悪くない、俺は悪くない……
相変わらずです(爆)
「ん……。なんだ……?」
何かの気配を感じた監守は耳をピンと持ち上げ顔を向ける。
手にしていた新聞を机に投げやり、窓口から頭を覗かせた。
かつて死ぬような目に遭ったが無事に生還を果たした犬。
白を基調とした毛並みではあるが所々に目立つ斑模様があった。
グレートデンの犬種、法玄。
彼はのっそりと窓枠のサッシに顎を乗せる。
「なんだ。ま~た何かヤらかしたのか?」
長い長い廊下の向こうに微かに見えた男を捉え、やれやれといった風に法玄はため息を漏らした。
だが次の瞬間には何か異常を感じたのか、サッと監守室に身を潜めたのである。
ふさふさの尻尾を折り畳むようにして丸め、机の下に隠れる法玄。
そんなことなどお構いなしに、ドアが激しく叩かれた。
「そこに居るのは分かっている! 大人しく出てきなさい!!」
使いなれた台詞のように吠える。
ユージは鍵が掛けられたドアノブを引きちぎらんばかりに捻るのである。
ミシミシと嫌な音がした。
これは堪らんと、法玄は致し方なく部屋に招き入れる。
そこにはふたりの、よく見知った刑事が居た。
「ちょっとユージさん……ムチャはせんとってくださいや……」
「んな悠長なことやってる場合じゃあねえんだよ! 鍵! 鍵ぃぃぃ!」
「……はい? あのー……事情を伺っても?」
「だから、ンな暇無いのよ! あの……例の……なんだっけか?」
「はぁっ、はぁっ……。9号室の鍵っすよ、ほーさん……」
肩で大きく息を切らしながらトオルは法玄に告げる。
ちなみにふたりは仲が良く、プライベートでは家族ぐるみでの付き合いも多かった。
「……はぁ? トオル、お前までナニ言ってんの?」
「良いから! 早くぅぅぅ!! 来ちゃうっ、来ちゃうぅぅぅ!!」
「おいおいユージさんよ。漏らすぐらいならさっさとトイレへGO!」
「違うんです! 早くしないとヤツが追い付いてくるんですよ!」
「んん? だから状況がさっぱり読めんのだが……」
「ったく、もおおおっ!」
唐突に法玄を抱き締めるユージ。
組んず解れつ、わさわさもそもそ。
激しく抱き合う2匹の犬。
互いにオスである。
わふわふ、わふーーーん。
果て絶え、横たわる法玄。
口許から吐き出された吐息は辺りを桃色に染めていった。
まるで愛しい女と一夜を過ごしたかのように、寄り付き添うユージ。
その光景を眼にして、トオルは酷く頭が痛くなる。
「……ナニしてんすか……」
「ナニもかにも、ほれっ」
いつの間にか握られていたそれをユージは放り投げた。
チャリンと音を発て掌に収まる複数の鍵が連なる輪っか。
トオルはその中から該当する番号を探しだそうとした。
「えっと……9、9、Q、9……あった、これだ!!」
選び抜いた鍵だけを輪っかから外し、残りはそうっと法玄の腰帯へとリバース。
すかさずトオルは監守室をあとにしようとしたのだが ──
「ま……て……それ……だけは……イカン……」
僅かに残った意識を頼りに、法玄は起き上がろうと。
未だ尚、きつく抱き締めているユージを懸命に引き剥がそうとする。
「やらせはせんぞぉ! トオル! 俺に構わず行ってくれ!! いや、俺のために行ってくれ!!」
ユージは何故か言い直すのである。
そしてシェパードは再びグレートデンに襲い掛かる。
再度、言っておくが雄犬同士である。
わふわふっ、わふーーーーーん。
(U ・ꎴ・)
── 切ない悲鳴が響き渡る。
トオルは決して振り向かない。
寧ろ、楽しんでくださいと呟き、監守室をあとにして駆け出したのであった。
▲ーーーーー▼
「ええっと……ここで間違いないよな?」
手元にある鍵の番号と扉に施された番号とを照らし合わせる。
トオルは息を切らしながらも、至って冷静に作業に努めた。
それにしても、目立つ造りであった。
どうみても牢屋の扉というよりは銀行の金庫のそれに近い。
果たして開けていいものなのか迷う。
だがそんな暇はなかったのだ。
遠くから微かに聞き覚えのある笑い声が恐怖心を煽る。
「……HAHAHAHAーーーHA……逃しまっセーン……」
あの巨体では通りづらいルートを選び、かなり距離を稼いだハズ。
なのに、もう追い付いてこようとは。
鼓動は昂り、酷く焦りを助長する。
「ええいっ! ままよ!!」
トオルは意を決して鍵穴へと挿し込み捻った。
ただそれだけなのに、物々しい音が連動し、中からはひんやりと冷気が漏れだしてきたのだ。
足下に漂いまとわりつく白煙を払い除けつつ、ゆっくりと身を投じる。
するとそこには異様な塊があった。
記憶には新しい。
かつての最愛の女性の命を奪った怪物。
大鬼は凍り漬けにされていたにも関わらず、ギョロリとトオルへ眼を運ぶ。
「……何の用だ……若造……」
頭の中に直接声が鳴り響く。
奈落の底から囁くような低音に心臓が鷲掴みされたような感覚を覚えてしまう。
しかしその言葉には一切覇気が伴われていなかった。
よく視てみれば、その瞳には最早失望感だけが漂い、まるで人生を諦めたかのようにも思えた。
トオルはそんな大鬼に僅かではあるが憐れみを抱いてしまう。
当時は、直ぐにでも死刑にすべきだと激しく訴えていたものだった。
なのに、過ぎた時が解していったのだろうか。
今ではもう、憎しみなどはこれっぽっちも沸き起こる事がなかった。
ただ、ゆっくりと近付き大鬼の耳許でトオルはそうっと囁く。
「……ふ……ふはははははは……そうか……ヤツか!!」
どこか懐かしそうにして、失われた光が双眸に、否、魂に宿るのであった。
巨体に熱が帯び、凍てつく檻を解かしてゆく。
ゆらりと立ち上がる怪物は今再び野に放たれるのだ。
「我が因縁の宿敵…… 一角の娑夢!! いざ尋常に勝負じゃあああ!!」
目には目を。 怪物には怪物を。
賭けにも近い馬鹿馬鹿しい作戦は見事成功し、あとは成り行きを見守るに徹する。
「お……俺は悪くない、俺は悪くない……」
持ち出したのは先輩である。
トオルはそう自分に言い聞かせ大鬼を娑夢と対面させるべく連れていったのであった。
悪いのは俺です(笑)
(;゜∇゜)
次回は2月13日辺りの予定です。




