第3話 全軍退避ぃぃぃっ!!
ちょい暴走気味。
── 湾岸署内に設置された取調室は数多くある。
何せ、異世界の住人達の形態は様々で、彼等に見合った個室がわざわざ拵えられているのだ。
だが、今目の前にしているのは取調室などと言える代物ではなかった。
曇り硝子は湯気を帯び、僅かに見えるシルエットからは、その者がシャワーを浴びていると推測される。
トオルは昂る鼓動を堪えながら、何よりも優る好奇心に思わず唾を呑み込む。
「はぁ……はぁ……ごくり……」
薄目にして覗こうとはするが、昔のデジタルモザイクではない。
刑事にあるまじき行為ではある。
男性としては分からなくもない。
「あの……トオルさん? 話、聞いてますか?」
ピシッと制服を着こなした柴犬の女性刑事・瞳。
彼女は訝しい目付きでトオルの視線を遮り、魅惑のシルエットを覆い隠してしまった。
これ以上トオルがその先を視姦しないように、扉の前で腕を組み仁王立ちする。
「あ……ごめん。聞いてませんでした。 もう一度お願いします!」
楽しみを奪われたのは残念だが、今は刑事としての本分を全うすべきだ。
トオルは深々と頭を垂れ、瞳に謝罪する。
騒々しいシャワー音だけは別として。
「もうっ。 しようがないですねー……」
決して怒ろうとしないのは彼女の取り柄なのだろうか。
短く溜め息を吐くも、手にしたレポートを再度読み上げてゆく。
「良いですか? 今シャワーを浴びている容疑者、人魚の真凛についてなんですが……どうやら彼女は前科があるみたいなんです」
ぴらりと捲り、レポートの1枚をトオルに手渡す。
そこには数々の写真と共に、様々な経歴が記されていた。
生命刑、身体刑、自由刑、財産刑 ── 等々。
察するに、懲役うん十年の罪に価するまでの罪状が面面と書き列ねられていた。
瞳は続けて説明しようとするも、先ず疑問が持ち上がりそれをトオルにぶつける。
「果たして……。 これ程までの罪を犯した者が長い間放置されていたのは何故なんでしょうか……」
「う~ん……確かに。 とっくに指名手配されていてもおかしくない」
今事件はあくまでも凶悪殺人犯として指名手配されていた娑夢の逮捕である。
だのに、彼の周囲には一度たりとも真凛の姿は見当たらなかった。
捜査線上に浮かび上がらないのは明らかにおかしい。
プールで出逢ったのは奇跡に近いのだろうか。
もしくは ── 。
「まさか……身内に内通者がいる?」
「……やっぱり。そう思いますよねー……」
ふたりはどこか暗い表情をしたまま俯くしかなかった。
と、そんな雰囲気を吹き飛ばすようにして、突如明るい声が鳴り響く。
「ねぇっ♪ タオルとってくんないっ?」
湯気を辺りに漂わせ、柑橘系の爽やかな香りが鼻孔を擽る。
はっとしてGOOD。
思わず開かれてしまった扉の前には、豊かに実った果実がふたつ。
一糸纏わぬ姿の人魚がはちきれんばかりの胸を晒しだしていたのだ。
「ちょっと! いきなり出ないでください!!」
トオルの目の保養を遮り、忙しなく手を振り、頻りに慌てふためく瞳を他所にして。
プールの件では恥じらいを見せていた彼女はまるで気にせず高らかに笑うのだ。
「あっはっはっは! 何だアン時の兄ちゃんか! すまなかったねぇ!」
其処らに置かれてあったタオルを手に取るも、これ見よがしに裸体を見せ付ける人魚の真凛。
今も尚、耳まで真っ赤にして慌てる素振りの瞳をぐいっと押し退け、トオルへと歩み寄る。
顔が近いっ。 胸が近いっ。
全身これ即ち凶器なり。
( ゜∀゜o彡° (゜∀゜o彡°
トオルはこう見えて(?)女性経験は豊富である。
とうの昔に童貞なぞは卒業している。
女性の裸体など見慣れた筈なのだ。
なのに抗えず鼻血は吹き出し、下半身は正直に、いや逞し過ぎる程隆起していた。
「んん~? どうしたのかにゃ~? うりうりっ♪」
「ちょっ! タンマっ!! ぶっはっ!!」
「止めなさいっ! トオルさんから離れなさいっ!!」
桃色に染まる淫らな躰をぐいぐいトオルに押し付ける真凛。
押し寄せてくる性欲を必死に抑え付けようとするも、激しく主張する息子が我慢できず暴発寸前のトオル。
真凛の腰に手を回しトオルから引き剥がそうと懸命に励む瞳。
だが意外にもその力は強く、瞳は真凛に引き摺られてしまうのだ。
唯ひたすらに、たった一人の人魚に蹂躙されてゆく室内。
飛び交う鼻血は辺りを朱に染め、宛ら殺人現場のようであった。
限界は近く。
その修羅場はやがて、大将の掛け声により解き放たれる。
「撤退するっ!! 全軍退避ぃぃぃっ!!」
わあああああ━━━━━!!
じゃーん。 じゃーん。
……………………。
シャワールームをあとにして、トオルは署内を駆け巡る。
すれ違う署員達はそんな彼を見て、相変わらずの光景に微笑ましさを感じたのであった。
次回は1月21日辺りの予定です。




