【プロローグ】 ……泳ぎてぇなぁ……
正月明け?
一発目の投稿です。
──── ミーンミンミンミンミンミー ────
── シャアシャアシャアシャアシャアシャア──
──ジ。ジジッジジ ──
「……あっづーーー……」
照り付ける日差しが肌を痛く責め付ける。
喧しいセミの鳴き声がその季節の到来を告げていた。
目前に広がる水面には夥しいまでの様々な生物で埋め尽くされ、だが、皆一様にして楽しんでいるようであった。
「……泳ぎてぇなぁ……」
褐色の肌艶が適度に引き締められた身体を際立たせ、時折、女性から声を掛けられるイケメン。
トオルは爽やかに対応するも、仕事中なので然り気無く装い、数多の誘いを断るのだ。
「に、しても……鰐と一緒に泳ぐ動物ってどうよ……」
目前の涼しげなプールでは、狂暴な肉食獣と草食系の動物達が一緒くたになってはしゃぎ賑わっていた。
況してや百獣の王・獅子が、好んで食すシマウマなどと仲睦まじく戯れている。
他にも、鯱が海豹を甲斐甲斐しくも優しくもてなす様は滑稽にも程がある。
…………。
目も疑うような光景にウンザリするも、早朝から従事してきたからか。
慣れとは恐ろしいもので、野郎は無視して女性にのみ目を配ろうとする。
かつて、トオルは一人の女性だけを愛すると決めた。
だが、これはこれ。 それはそれなのである。
たわわに実った膨らみや、日差しを浴びて美しく輝く毛並みに心を奪われていた。
── ピ。ガガ 、ガ ──
「……トオルちゃん? ちゃんと視てる?」
「っ!!」
突如、耳に鳴り響いた雑音に気をとられ、トオルは思わず辺りを見回す。
その狼狽えっぷりに彼はクスクスと笑いつつ、プールサイドで優雅に振る舞っていた。
先輩刑事の大野下勇次は傍らにふたりの美女を侍らせながら、遠くにいるトオルへと軽く手を振る。
ともに犬なのが残念だが、先輩の女性の趣味は計り知れない。
「なんだよ……そっちばっかり楽しんで……」
「おい。聞こえてんぞ?」
誰にも聞こえないように、か細く呟いたハズなのに。
流石、犬の聴覚は侮れない。
トオルはぺこりと頭を垂れて、僅かばかりに謝罪の意を示した。
「ったく……仕事ナンだからな?」
脇に置いてあった果汁たっぷりなフルーティな飲み物を器用にもストローで飲む。
傍目に視ても、ユージは最早仕事などしている様子ではなかった。
「ところで……タカはどうしてる?」
「えっと、鷹野山先輩は……」
首もとにかけられた双眼鏡を手に持ち、ただっ広いプール全域を見渡すトオル。
やがてその存在に気づき、またもや嫉妬の炎がメラメラと沸き上がる。
こちらに気付いたのか、筋骨粒々のもふもふがトオルへとサングラス越しにウインクを投げ飛ばしてきた。
ドーベルマンの刑事、鷹野山敏樹はこれまたゴージャスな美女犬を隣に、その華奢な腰付きに手を回して抱き寄せていた。
同族にしか手を出さないという点においては立派だといえよう。
「……くっそ! やってられっか!!」
勢いよく双眼鏡を投げ飛ばし、トオルは高台の座席からずいっと立ち上がる。
任務を放り出した彼はすかさず、肩に掛けられていたタオルを宙に放ち、その身を空へと委ねる。
美しい放物線を描き、大きな水飛沫が辺り一面に解き放たれた。
9.9。尸 9.9。尸 9.9。尸
審査するにそれほど見事なダイブを決めたのだ。
トオルは水面下でしてやったりと樮笑む。
だが、それは一瞬の出来事であり、斯くして目の前の光景を疑わざるを得なかった。
乱反射する真夏の日差しが辺り一面を映し出す ──
ありとあらゆる生物の脚や、主に尻尾がところ畝ましと水面下を蹂躙していたのだ。
彼の白鳥は表面上ではその華厳なる美しさを魅せつけるも、水面下では忙しなく両足をばたつかせる。
まさしく、皆はそれを現してはトオルの士気をへし折ろうとしていた。
さらにその動きは激しく、瞬く間にトオルの視界を遮る。
しかし、意外や意外。
彼はすいすいと間を抜いて、文字通り、水を得た魚の如く華麗に遊泳するのだ。
息継ぎをせずに回遊すること、約2分。
宛ら、某あまちゃんが驚愕の台詞を吐くであろう。
── じぇじぇじぇ。
セミの鳴き声がタイムリミットを告げる。
「ぷはっ!!」
一頻り泳いで気が済んだのか、いや、ただ単に餌を求める鯉のように。
肺の中の残り僅かな苦しみが酸素を求めて水面より顔を出したトオル。
彼は、立ち上がりざま、衝撃の光景を目の当たりにして呆然と立ち尽くしてしまった。
「……ベニー……」
いや、まさか……彼女は確かに自分の手の中で命を散らしたハズだ。
信じきれないまでも、確かに最愛のひとに瓜二つの女性がそこにいたのだ。
── 自然と溢れ落ちる涙。
決して、プールの水が目に染みたワケではない。
ややもして、トオルはゆっくりと荒い吐息で目前の女性に近寄る。 はぁはぁ。
「きゃあああっ!! このひと、変態です!!」
心待ちにしていた反応ではなかった。
なのに、その悲鳴を聞いた途端、トオルはまるで青天の霹靂に穿たれたようにして、直立不動。
やがて、恍惚の表情を浮かべ白目を剥く。
確かにベニーには似ていたものの、その女性の下半身は魚類を彷彿させていたのだ。
── 人魚 ──
見目麗しいその女性は人魚だったのです。
現実世界では様々な伝承が残されている存在。
極めて有名なのは何者をも魅了するといわれるその美しくも危険な歌声。
肉を食べれば不老不死になるという伝説はさておき。
それは、この世界においても等しく、叫び声でさえ殿方を虜にしてしまったのだ。
さて、何故彼女マーメイドが悲鳴をあげたのか。
それには訳があった。
赤面を伴い、恥じらう素振りで胸元を両手で覆い隠す彼女。
本来ならばプール客としてのルール。
いや、世間一般のマナー。
水着が填められていなかったのだ。
そして、そのビキニが何処にあるかというと ──
トオルの頭部にひっそりと佇んでいた。
「あちゃー……。なんか、やらかしてるぞ。あいつ……」
目を凝らし、現場をしたたかに見やるユージ。
さらっと侍らせている美女のお尻を撫でながら、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
「……なぁ、ユージ……。 あいつナニしてんの?」
密かに備え付けられたマイク越しにドーベルマンの刑事はため息を漏らしているようであった。
次回は1月9日辺りに更新予定。




