第17話 まだ……やるかい?
遅れがちですみませんっ!
(´。・д人)゛
「 ─── はぁッ……はぁッ……はぁ……ッ」
怒涛の連撃を悉く受け流され続けること、かれこれ1時間。
その類いまれなる筋肉の持ち主は息も絶え絶えに疲れはてていた。
「まだ……まだまだぁッ!! ふんがあああああッ!!」
だが、負けじと己に喝を入れ、真紅の旗をちらつかせる闘牛士ごと吹き飛ばすほどの勢いで突進する。
「チョイな♪」
ヤル気のない軽い掛け声は指先ひとつで、荒れ狂う猛牛をピタリと止め、やがてくるりと輪を描く。
「どっわッ!?」
床に伏せられる巨体。
明鏡止水か、枯淡虚静か。
その境地に辿り着いたかのように佇み、トオルはひっそりと心を静め、背中に寄り添うたった一人の女性を守るのだ。
「……くっそが……ッ」
苦しさを吐き出すようにして屈み、背中を丸める大鬼。
しかし、何かに気付いたのだろうか。
僅かばかりにトオルから離れ、それを手に取る。
強烈な握力で掴まれた机がミシミシと音をたてて浮かび上がった。
「これなら……どうだあああッ!!」
それは激しく回転を増し、サイドスローで投げられた机がトオルへと襲い掛かってゆく。
「フ……」
まだ懲りぬのかと謂わんばかりの表情であったが、多少調子に乗っているようにも見受けられる。
しかしトオルは放たれた弾丸を指で摘まむが如く、見事ビタリと机を止め、床に丁寧に置くのであった。
「かかったな?」
投げると同時に駆け出して、その死角に潜んでいた大鬼はぼそりと呟き、手にした得物をトオルに叩き付けようとしていた。
「あぶないっ!」
署員達から漏れる叫び声がキャインと響き渡る。
しかし、それは事なきを得た。
まるで一寸先を読んでいたかのように、トオルはその凶悪な得物。
課長の椅子を優しく受け止めていたのだ。
「な……なんだとおッ!?」
そう言われても仕方がない。
偉大なる上司。 永遠の至宝。
それは課長の椅子。
欠片たりとも壊そうものなら昇給どころか、昇級すら危ういのだから。
流石に肝を冷やしたのか。
ひきつる笑みは誤魔化せず、たらりと冷や汗を掻くトオルであった。
「ぬ……ッ……ぐうッ!?」
互いに掴まれた課長の椅子。
大鬼がそれを必死に引き剥がそうとするも、ピクリとも動じない。
その背中には悪魔の如く貌が宿り、完璧に鍛え上げられた背筋が悲鳴をあげては懸命さを物語る。
「力に頼っている限り……俺には勝てないぞ」
トオルは何処かの媒体で目にした台詞を冷淡に語る。
しかし、内心では『どうか、無事でありますように』と課長の椅子の心配をしていたようであった。
「ああっ、トオル様……。素敵ですぅ……」
そんな心の内は露知らず。
彼の背中にぐっと身を寄せるベニーは恍惚の表情を浮かべ、恥じらうように桃色吐息を辺りに漂わせていた。
伝う温もりが更にトオルを刺激する。
だが、決して甘い誘惑に屈することなく。
否、彼女の為にと精一杯格好つけるのだ。
「むぎぎぎぎぎ……ッ!!」
額どころか、あらゆる血管を脹らませ粘る大鬼。
周囲には、真夏の太陽に焼き付けられたコンクリートから発せられる蜃気楼を想わせる湯気が大量に撒き散らかる。
「ぬがあああああッ!!」
絶叫とも見てとれる気合いは空振り。
やがて、すっぽりと手は離れた。
ズダァン!
盛大に転がる大鬼。
死んだフリを極め込み、観客に徹していた署員達は被害に合わないようにと即座に大きく寝転がり回避する。
斯くして、巨体はすっぽ抜けた反動で尻餅をつき、更に転がり打ち付けた頭部にたんこぶが出来てしまう。
その激痛におもわず両手を宛がい、踞る大鬼。
「ッ痛ぇ……」
だが、そんなモノは些細な怪我でしかならない。
瞬時にコブは引っ込み、傷が癒える。
「まだ……やるかい?」
正直、うんざりしていたトオルは未だ尚血気盛んな大鬼に諦めを促す。
「ぬううう……まだ! まだだぁぁぁッ!!」
お前の実力はその程度か? と投げ掛けられた気がした大鬼。
漢はなけなしの気力を振り絞り、両足を奮い立たせては巨熊の如く立ち上がるのだ。
「 ─── よくやった、トオル。あとは俺達に任せろ!!」
突如、渋めの低音がグルルと唸り声をあげる。
まるで良いとこ取りを待っていたかのように夕映えを背景に聳え立ち、宛ら宇宙怪獣を退治するHEROのようにサングラスをかけ直した。
「…………ッ!! 手前ら……今度こそぶっ潰してやらあああッ!!」
トオルとの闘いよりも眼を爛々と輝かせ、遥か遠い地で待つ恋人と久々に再開したかのように。
大鬼は純粋に嬉しさを吐き出して、彼等へと標的を定め直す。
「タカ!」「ユージ!」
そんな想いは露知らず。
声を揃えたふたりは、物音一切たてずに瞬時に大鬼へと飛び掛かり。
「「 せえ~のッ!! 」」
ぼきり。
ぼきり。 ボキッ……。
聴きたくもない鈍い音が反響する。
「ぐわあああああああああッ!!!!」
それは、大鬼の両腕がへし折れた悲鳴だった。
ふたり各々が組み付いた大鬼の両腕は有らぬ角度へと折り曲がり、その身から突き出された骨の数々が技の劣悪さを語る。
辺り構わず鮮血は飛び散るも、決して離してなるものかとしがみついては体重を操作し。
血塗れに成りつつ、タカとユージは踏ん張り続けるのだ。
「うがあああああああああッ!!!!」
魂の咆哮は劈くらうも。
斯くして、滑るその血のせいでふたりは両腕からすっぽ抜けてしまう。
「はぁ~……はぁ~……はぁ~……」
呼吸を整え、再生能力を高めようと努める大鬼。
だが、彼等には通用しない。
「ツープラトン! イクぜぇッ!!」
「応ッ!!」
タカとユージは一瞬たりとも眼を合わさずに、互いの掛け声だけを頼りに再度大鬼へと襲い掛かる。
しかし、ふたりは大鬼へと近寄りはせずに距離を取り囲んでは、高々と己が利き腕を掲げたのだ。
「プラーーース!!」
「マイナーーース!!」
嫌な予感がした大鬼は、かつての敗北感を犇々と其の身に覚えては、全身の毛穴と言う毛穴から大量に汗を溢していた。
「はわわわわわ……」
最早、大鬼は。
蛇に睨まれた蛙よろしく、シェパードとドーベルマンという犬の風貌の刑事ふたりに圧倒された憐れな子羊のようであった。
もうちょいこの一日は続きます。
生暖かく見守ってくださいませ……。
( ノ;_ _)ノ
次回は12月23日の予定です。
m(_ _)m