夢は終わらない
「こっちへ来なよ。さあ!」
ピンクのウサギを模した着ぐるみが、夜の遊園地で狼藉を働いている。
白いワンピースを着た女子大生が、腕を乱暴に捕まれ連れ去られようとしていた。悲鳴を上げ抵抗するが、腕力が違いすぎる。屈するのも時間の問題だった。
「離して! いやあ!」
彼女は友人と廃園になった遊園地を訪れていた。ネットで拡散している不思議な噂に興味を引かれた彼らは好奇心に負け、のこのこと足を踏み入れたのだ。そこがどんな場所かも知らずに。
五人いた彼女の友人は、次々と怪しげな建物の中に消えた。廃園と思っていたのに、炯炯と明かりが灯る不気味なアトラクションの数々は、まるで人を飲み込む悪魔の口のようだ。
彼女だけが、異変に気づき逃げだそうとしたのだが、悪意をむき出しにした着ぐるみに執拗に追い回され、ついに捕らえられてしまったのだ。
「やめろ!」
正義を体現するかのような一喝に、ウサギが怯む。
鷲鼻に、金髪の美男子がにらみをきかせていた。分が悪いと悟ったウサギはほうほうの体で逃げ出した。
「あ、ありがとう」
危機から脱した安堵から、女性は男の胸に飛び込んだ。男からは薔薇の匂いがした。
「ここ、何かおかしいわ。帰りたい」
「少し休んでからの方がいい。安全な場所を知っている。おいで」
男の年齢は不肖だったが、やさしく諭され、おとなしく従った。
男に案内されたのは、地下へと続く石の階段だった。蝋燭の明かりに照らされ、異界への口をぽっかりと開けている。
「さあ、レディーファーストだ。先に降りて」
女性は言われるがまま、幅の狭い階段を一段ずつ下りた。
「ここがどうして裏野パークと呼ばれているか知っているかい?」
「いいえ。経営者か、どなたかのお名前ですか?」
寝起きのように、ぼんやりと女性は答えた。目に映る蝋燭の火がぶれている。足下がふらついてきた。
「妻の名前をもじったんだ。妻は遊園地を作りたいと言っていた。悪夢の遊園地を。君たち人間を絶望に陥れるためのね。俺は永遠のヒールだ」
え? と声にならない驚愕を表す女性。
男は女性の背後から首筋に口を近づけ、一気に開く。凶々しい牙が、今にも乙女の薄肌を貫こうとしていた。
「夢のあるひとときを、共に楽しもう」