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吊り橋効果

ゴンドラから下りようとした勇次郎だったが、段差につまずいて転びそうになった。危うい所で清美が腕を掴み、事なきを得る。


「ちっ……、あんま調子乗んなよ、お前」


「何でそんなに高い所が駄目になったんですか?」


「若い頃、ダディに崖から突き落とされた。度胸がつくからって。あと、アイアンメイデン(内部に棘が備え付けられている棺桶のような拷問器具)に閉じこめられてマリアナ海溝に沈められたこともある」


「それはずいぶんなスパルタなご家庭ですね」


「まあな。恨んだこともあったが、今では感謝することもある。結局自分のケツは自分で拭くしかねえってな」


気づくと勇次郎の側には清美はおらず、彼は無性に腹立たしくなった。


元来た道を遡り、客を押し退けるようにして、清美を探す。清美は二十メートルほど戻った所で立ち尽くしていた。まるで迷子のように所在なさげで、勇次郎は怒る気が失せた。


「おい、ぼーっとしてんじゃねえぞ」


「ああ、すみません」


清美はおどろおどろしい看板の前に立っている。髪の長い血みどろの女が襲いかかろうとしている絵面に、容易にアトラクションの全容が量れるというものだ。


「よりにもよってよぉ、本職の俺らの前でこれはないんじゃねえの」


「でも私、こういうの結構好きですよ。入りませんか」


「パス。お前一人で行ってこい」


勇次郎の腰が引けている。清美はむんずと、彼の腕を掴み、暗い入り口へと引きずり込む。


「なになに、未練を残して死んだ女が、自分を殺した相手に復讐を開始する。次々と起こる拷問器具を用いた怪死事件。でも本当に殺人を行っているのは、亡霊ではなく死んだ女の恋人でしたとさ」


清美はアトラクションの趣旨を楽しげに説明しながら、先の見通せない闇の蟠る通路を進んだ。足下にほのかな明かりがともっているため、道に迷うことはないが、悲鳴のような音が壁から不規則に聞こえてきて、不安を煽る。


「ふ、ふん。どうせやるなら自分でやれってんだ」


「ご立派な考えです。では私にしがみついていないで一人で歩きましょうねー」


子供をあやすような口調で、清美は勇次郎を引き離そうとするが、やはり暗いところは苦手らしく無駄に大きな図体を清美にくっつけてくる。


「ひっ……!?」


ところが、泰然としていたはずの清美の口から、か細い悲鳴が上がった。


「どうした?」


「いや……、何か首筋に冷たいものが、ひっ!」


しゃっくりを上げるように、清美は飛び上がる。勇次郎はその様をおもしろがる。


「アトラクションじゃねえの。不感症みてえな面して可愛い声だすじゃねえか」


二人の背後に黒タイツを纏った怪しい人物が潜んでいた。釣り竿を操り、糸の先端につけられたこんにゃくを清美の首筋に当てていたのだ。


(くくく、小娘。思い知ったか)


犯人は、暗視ゴーグルをつけたパピヨン婦人だった。二人の後をつける傍ら、密かにお化け屋敷に潜り込み、復讐の機会を伺っていたのだ。


(わたくしなんて、皇さんに十万円払わないとデートしてもらえないのに。小娘の分際で生意気です。こんにゃく臭くなって幻滅されればいいですわ! ホーッホッホホ!)


パピヨン婦人の暗躍を知る由もなく、清美は謎のひえっ、ぴた、攻撃に悩まされた。


「ううっ……、ぬるぬるして気持ち悪い」


しまいには勇次郎よりも清美の方が狼狽えてしまい、なぐさめられる始末だった。


「後少しだ。頑張れ」


二人の目の前に突如、怪人めいた血みどろの男が現れる。アトラクションのキャストだ。手には鉈らしきものをを握っている。


「ガアアアア!」


「うるせえ、どけ!」


勇次郎は怪人を突き飛ばし、出口へと急いだ。


数百年生きてきたが、日の光に出たことでこんなに安心できたことは、これまでないと勇次郎は思った。


「しっかりしろ、終わったぞ。もう安心だ」


清美はすっかり意気消沈し、勇次郎に手を引かれていた。


二人の後を追ったパピヨン婦人は驚愕する。


「な、なんて事! かえって距離が縮まっているじゃありませんか。吊り橋効果なんて都市伝説とばかり」


全身タイツで叫んでいたパピヨン婦人はスタッフに取り押さえられ、お縄についた。アトラクション内に取り付けられていたカメラで全てを録画されていたのだった。何故こんにゃくを持っていたかに関しては黙秘した。総統が迎えに来るまで、遊園地の事務所でじっと屈辱に耐えていた。

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