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試してみませんか?

清美が訪れたのはとある銀行の支店。自動扉をくぐると、冷房の心地いい風がうなじを撫でた。


待合い客は腰の曲がった老人一人のみ。事を為すのに好都合だ。


三つ子のように酷似したメイクを施した女性行員が、受窓口に並んでいる。


清美は、その真ん中の女性に向かってまっすぐ歩いた。


「お忙しい所失礼。魔堂会の浦野清美と申します。支店長さんはいらっしゃいますか」


突然現れた眼帯の女が堅気ではないと知るや、行員の表情は露骨にぎこちなくなる。


「……、アポはございますか」


「先日ご連絡差し上げたはずなのですが。お返事頂けなかったもので」


法規制により魔堂会に融資が下りるはずもない。門前払いは銀行として当然の反応だ。しかも、魔の者を警察に通報する義務さえある。行員の一人が目立たぬように清美の視界から消えようとしていた。


「すぐ済みますから。本当にすぐ済むんです。ですから警察に連絡するなんて野暮な真似はしないで頂きたい」


清美はバッグから黒い拳銃、ベレッタを取り出し、目の前の行員の広い額に突きつけた。牽制と、脅迫同時に行える便利な手段だ。


銃を突きつけられた行員は、しばらく目を白黒させていたが状況が飲み込めると、浅い呼吸を繰り返し、恐慌に支配される。


この時間、行員の生殺与奪の権利は清美が握っている。引き金に手をかけたまま、何を思ったか清美は自分の眼帯に向けた。銃口から勢いよく飛び出したのは鉛玉ではなく、黄色い液体だった。


「なーんちゃって。目薬でした。清美ちゃんマジック。お楽しみ頂けました?」


「楽しめるわけねーだろ!」


汗だくの勇次郎が、清美の頭を背後から叩いた。


眼帯から黄色い汁を垂らして、清美が振り返る。


「ああ、ホストさん。遅いじゃないですか。丁度良かった。女性口説くの得意でしょ? こちらの美人行員さんを籠絡してみてくださいよ」


「ああん?」


予測不能の不思議オーラを持つ清美と、勇次郎の俺様オーラに行員は圧倒され、ついに折れた。


「奥にご案内します……」


「わあい。ラッキ☆」


清美は無表情のまま腕を曲げ、喜びを表した。間接の動きがぎこちない。人形浄瑠璃の一幕のようだ。


「それにしても意外でした」


行員に案内される最中、清美は勇次郎にきさくに話しかけた。


「何が」


勇次郎は清美のだいぶ後ろを歩いている。壁に手をつき、息も絶え絶えである。吸血鬼である彼は、日差しに弱く、日陰を移動して到着が遅くなったのだ。


「遊園地、興味がないのかと思ってました。子供っぽい所あるんですね」


「ねーよ。つうか、お前に言われたくねえ」


清美のことが気になって、後をついてきた。とはさすがに口にしない。


魔堂会の事務所の一・五倍はありそうな通路の壁にはカードローンのポスターが大々的に張ってある。国の押し進めるマイナス金利政策の影響で経営が悪化した銀行の窮余の策、と見ることもできる。


二人が通されたガラス張りの会議室だ。狼藉を働かれないための自衛措置だろう。


ほどなくして支店長が二人の前に現れる。年は四十代前半、黒髪短髪に眼鏡をかけた物静かな印象を受けた。


「窓口で不手際があったようですね。お詫びします。どうぞ、座ってください。冷たいものをお持ちしましょう」


勇次郎は既に椅子にふんぞりかえっている。清美は少し不安げに彼の方を見た。


「ワインないの?」


「あったらもっと仕事が捗るかもしれませんね。今度上の方に進言してみようかな。はは」


支店長は、勇次郎の軽いジャブを物ともしない。最も、面倒なこの二人を撃退する自信があるからこそ姿を見せたのだろう。不測の事態にもかかわらず平常心でいられる胆力を、清美は内心誉めた。


「送付された事業計画書、読ませて頂きましたよ。悪夢の遊園地。おもしろそうですね。しかもキャストは本職の皆さんときている。リアリティーも申し分ない」


好感を表され、勇次郎と清美も戸惑う。


「ですが」


と区切り、書類を机に放った。瞳は怜悧に細められる。


「単発っていうか、一発屋って言うんですか? よくいるでしょ、テレビタレントとか。そういう印象も受ける。最近の客は飽きやすいですよ。奇抜なことをいくらやっても、いたちごっこだ。経常的な営業利益は見込めない。うちの銀行が下した判断はそういうことです。いやあ、残念だなあ。私は行ってみたかったですけどね。そもそも国の許可が下りんのですわ。申し訳ない。この通りだ」


清美は頭を下げた支店長のつむじを見ていた。勇次郎はそれ言わんこっちゃないと肩をすくめる。


「なるほど。貴重なご意見ありがとうございます」


辛辣な意見に取り乱すことなく、清美は広がった書類を束ねた。


「ですが、餅は餅屋。支店長さんは我々の実力を幾分見誤っている御様子。少し体験、してみませんか?」


丁度その時、女性行員が会議室に茶を持って入ってきた。さっき清美に銃を向けられた女性だ。顔は青ざめ、勇次郎、清美と目を合わせようとしない。


清美は、お茶が置かれるのを見計らい、女性に近寄った。


「え? え?」


「たびたびすみません。少し協力してもらえますか」


有無を言わせず女性の後ろに回り込むと、両肩を掴んだ。


「い、いや! 殺さないで!」


行員の悲鳴に支店長が助けに入ろうとするが、勇次郎に黙って見てろと目だけで押さえ込まれる。


「大丈夫ですよー、目を閉じて。はい、ゆっくり深呼吸してみてください。そう、上手ですよー」


不思議なことに、行員は息を吐き出すたびに肩が下がり、体の強ばりが解けていく。ついには意識を失い、清美に体を委ねてきた。


「……、一体どういう余興ですか、これは」


支店長は慎重に言葉を選んでいた。返答次第で部下の命が危ういと察していたのだ。


「ご心配なく、これは単なる催眠術です。本番はここからですよ。ちゃらららららーん♪」


意識を失った行員を椅子に座らせると、どこから取り出したのか黒いシーツのようなものを行員の頭から被せた。シーツは光沢のあるつるつるした素材でできており、行員の姿を完全に覆い隠してしまった。


「アダラカタブラカイジャリスイギョチョキンチョキンノアジャラモクレンコウシノノグソモワンモワンパッ!」


謎の呪文を一気呵成に言ってのけると、シーツを勢いよく払いのけた。


清美を除いた一同が目を向く。シーツの下から現れたのは、女性行員ではなかった。


頭からつま先まで体中を包帯でぐるぐる巻きにした。めくらむような美女がそこにいた。ぷっくりした唇、サファイアのような光彩を持つ大きな瞳、はちきれそうな胸。全容が見えないからこそ、わずかに見えるパーツの良さが際だっていた。


「さあ、支店長さんを楽しませなさい」


清美の命令に端を発し、行員だった何かが立ち上がる。


ミイラ女(?)は無言のまま、支店長にしなだれかかり、床に押し倒した。女は包帯の下に何も纏っていない。そのことに気づいた支店長だったが、後の祭り。くんずほぐれつ、包帯が彼の体にまでまとわりついた。


「おい、何だあ、ありゃ」


勇次郎が好奇にかられたように、清美に近寄る。


「私の使い魔です。媒体の深層意識を利用して、実体化する生き霊みたいなものでしょうか」


「それっぽいメカニズムを聞いてんじゃねえんだよ。あれ、俺にも使わせろ」


下心をむき出しにせがむ裕次郎の顔に、清美は軽蔑の視線を投げかける。


冷める外野を余所に、支店長はヒートアップしていた。


「や、やめてくれ! 杉本君! 私には妻と子が。ああっ!」


喜悦とも苦悶とも取れるような声の後、わずかに拘束を逃れた支店長が、清美に罵声を浴びせる。


「いい加減にしろ! この化け物共。出ていけ、出ていけー!」

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