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豊臣になりたい


約十分間に及ぶホラー調の広報映像が、終わった時の気怠い空気はしばらく尾を引いた。それだけでも今回のプレゼンの成否は明らかだった。


プロジェクターの映像が完全に終了した後、一際大きな影が壇上でゆらめいた。


「このような遊園地を三日で建てる」


魔の総統が壇上から宣言した時、会議室にさざなみが広がるように騒ぎが起こる。


四平方メートルに集められた面子は総統も含め、面妖な輩が大半を占めている。


骸骨、ゾンビ、上半身は人間、下半身は蛇、一見して、被りものかと思いきやそうではない。彼らは魔の者。社会の闇を生きる者たちだ。魔堂会と称し、組織だった活動を行っている。とはいえ、普段は身分を偽ってカタギの仕事をしている者がほとんどだ。


総統は漆黒のローブに、鉄仮面をした大男である。第六天魔王を自称しているが車が趣味で、よくSNSで高級車の写真をアップしている俗物だった。


「諸君も知っての通り、数年前、法律が改正され、魔の者に対する風当たりが強くなった。これはゆゆしき事態である」


魔の者と関わったものは厳罰に処される。以前は一般企業と取引もあったのだが、今ではマンションや、車、高い買い物は満足に行えない。総統はご立腹だ。


「このままではジリ貧。そこで思いついたのが」


「ちょっといいすか?」


「なんね、相楽君」


総統は、話の腰を折られむっとしたが、鶏の化身、相楽君に発言を許した。


「そのことと、三日で遊園地を建てることがつながらないんすけど」


「いい質問だ。でもね、決めちゃったから」


一同は深いため息をついた。総統の思いつきに振り回されるのもたくさんだ。以前も無茶ぶりでバスツアーを企画し、警察に摘発された苦い過去を持つ。


「豊臣秀吉じゃあるまいし」


「何で遊園地?」


「バッカじゃねえの」


散々悪し様にののしられ、総統は肩を震わせた。でもぐっと堪える。トップは感情的になっちゃ駄目☆と、さっき読んだプ○ジデントに書いてあったことに勇気づけられていた。


「おい、あれを見ろ!」


カエルのゲコ太郎年麿が素っ頓狂な声と共に窓を指さす。


駐車場に止められていた黒のランボルギーニが燃えている。ボンネットからもうもうと黒煙を上げていた。総統の愛車であった。


「うわああああん、もうやだあ! 日増しに嫌がらせが増えてくよぉ。公安の仕業だあ。僕のボルちゃんが……」


泣き崩れる総統に目もくれず、皆、携帯で燃える車を動画撮影する。


上司の車燃える。ざまあwww という動画付きツイートがSNS上で相次いだ。


負のオーラを立ち上らせ、総統が起きあがる。


「限界だ。報復しかない。恐怖の遊園地で日本を絶望させてやる。お前ら豊臣になりたくないのか! 三日で遊園地を建てたら総統の椅子をくれてやる。行け! 者どもよ」


総統のかけ声と共に、異形の者たちは忽然と姿を消していた。総統になればあまたの利権を手中に納められると聞く。欲得で動く所は人間と大差ない。


中には例外もいる。


まずは紫色のロングドレスの婦人。目には顔の半分を覆う蝶の仮面をつけている。彼女は座ったまま扇を優雅に動かしている。


扇から見え隠れする光る視線の先に、金髪の美青年がだらしなく座っている。女とみまちがうような白い肌と、告白な印象を与える深紅の瞳が妖気を放っている。周りの大移動に気づかないのか、スーツの袖をまくり、携帯の操作に夢中になっていた。


青年から離れた位置に、化粧っけのないOL風の女性が座っている。左目に白い眼帯をつけ、大型のタブレットを膝の上に置いていた。


「三日で遊園地ですって? 無理に決まってますわよね、すめらぎさん」


「うんうんそうだね」


パピヨン婦人に熱っぽい声で訊ねられた青年は、携帯をいじりながらぞんざいに答えた。彼は皇=ソード=勇次郎。吸血鬼の御曹司である。普段は週三日歌舞伎町のホストクラブに勤めている。パピヨン婦人は彼の上客でもあった。


「ぶっぶー、失格!」


総統がちょこまか動き、彼らの前にやってきた。


「仕事のできない社員はうちにはいらないよ。今日から地下の食堂は使わせない。みんながラーメン食べてる間にコンビニのおにぎりを買うのは寂しいぞぉ」


「キー、パワハラですわ! 労基に訴えてやりますわ」


パピヨン婦人はどさくさに紛れて勇次郎の胸にすがりつく。勇次郎はうるさそうに、顔をしかめた。


「パピヨン婦人のおっしゃるとおり。総統、それは問題発言です」


OL風の女性が騒動に近づき、総統に物申した。パピヨン婦人は加勢を得たことにご満悦だった。


勇次郎は片目を上げて、女性の姿を見た。女性の全身の眺め回す。やや細身で彼の好みから外れた。それでも今時珍しいお堅そうな雰囲気に注意が向く。


感の鋭いパピヨン婦人は女性を一転敵視し、激しく詰問を始めた。


「貴女、どなたですの? 見ない顔ですが」


「申し遅れました」


女性は勇次郎とパピヨン婦人に名刺を配った。


「近畿地区から配属になりました。企画室長の浦野清美です。お見知り置きを」


清美が淡々と自己紹介を終えると、


「彼女はすごいんだぞぉ! 今のビルに入れたのも彼女のおかげだ」


総統が自分の手柄のように自慢した。


数年前まで、新宿のビルに事務所を構えていた彼らだったが、例の法律のせいで百年余り続いた御殿生活は終わった。流浪の末たどり着いたのは、埼玉の片隅にある雑居ビルのワンフロアーだ。それでも清美が交渉しなければ、居が定まらず、関東本部は空中分解の憂き目になっていたかもしれない。


清美は浮かれている総統を厳しくたしなめる。


「私のことはともかく、総統は宥和政策を取るのではなかったのですか? 遊園地はその一環だったはず」


元は騒擾を狙って企画された遊園地だが、相次ぐ締め付けに、認可が下りるはずがない。そのため、総統は国との宥和を路線に舵を切ろうとしている。その説明を皆の前で行わなかったことに清美は憤っている。


「だってぇ……、僕ら悪の怪人みたいなものだし。今更一般人と仲良くできるかな」


「その考えが古いのです」


ぴしっと、清美は総統の弱気をしかる。


「時代が求めるのは、ヒーローよりヒールです。そこのあなた、ダークヒーローを演じてみてください。見てくれはいいんだから」


勇次郎は高いプライドに任せて鼻であしらう。


「嫌だよ、めんどくせえ」


勇次郎は少し間を置いて、清美の様子を伺う。清美は一瞬だけ怒りの形相を浮かべたものの、瞬時に表情を消した。


「路頭に迷っても同じことが言えますかねえ」


「あ?」


清美は意味深な言葉を残し、会議室の両扉を開けた。元は結婚式場だったこともあり、広さは十分の城だ。


「おーい! 待てって!」


清美がエレベーターの前に立っていると、勇次郎が駆け足で接近してくる。


身長百六十センチの清美を勇次郎は余裕で見下ろす。にやにやと、獲物を弄ぶような笑みを浮かべて。


「君、おもしろいね。歳いくつ? って……、俺らにそんな質問意味ねえか」


勇次郎は鋭い牙をのぞかせる。吸血鬼である彼もまた悠久の時を生きる魔の者である。


エレベーターが到着したので、清美は無視して乗り込む。勇次郎もすぐ後に続いた。扉が閉まると、清美はすぐに壁際に追いやられ、勇次郎に密着されてしまう。


「シカトしてんなよ。新人」


勇次郎は怒気をにじませ、清美の顔の脇に手をついた。どうだ、ビビっただろと、勇次郎は得意になるが、清美は表情筋を動かさず、親指を立てる。


「やればできるじゃないですか、ダークヒーロー。女子受け間違いなし、です」


何をされても動じない清美に、怒気がしぼむ。元々稚気が高じてからかったに過ぎないのだ。勇次郎は声を和らげる。


「だからあ、やらねえって言ってんだろ。遊園地とか馬鹿かよ。それともあれか? 総統の椅子が欲しいとか? 結構、欲深なのか。真面目そうな顔して」


「総統の椅子は欲しいです」


清美は真正面から勇次郎の嫌みを受け止める。


「我々が世界に受け入れられるのは、まだだいぶ先のことになるでしょう。それでもその努力を怠らなければ未来は繋がると思います」


エレベーターが一階に到着した。扉が開くと同時に、外の光が差し込む。日の光に弱い勇次郎は目を細めた。


生じた隙に乗じ、清美は彼の長い腕からすり抜ける。


「おい、どこに行く?」


「銀行」


清美は歩きながら答えた。外では総統の車が炎上している。


八月某日。今日も暑くなりそうだった。


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