第一包の二
*****
「いらっしゃい、お嬢ちゃん」
古い町並みが残る町。その片隅に浮き立つように建つ、小さな薬局──『あかり薬局』。
この薬局は最近開店したばかりのようで、建物の内装や外壁はどこを見てもピカピカに新しい。
だが店の中の様子はというと、とにかく恐ろしく狭い。縦幅も横幅も、大股五歩で壁から壁までたどり着けそうなほどだ。店内には棚や商品ラックが所狭しと置かれ、それらに風邪薬を始めとする様々な市販薬が整然と並べられている。
声をかけられたのは、そんな様子の薬局に知美が恐る恐る一歩足を踏み入れた時だった。
表通りに面しているドアの突き当たり正面には、カウンター兼レジがある。そのカウンターのすぐ後ろ、壁一面に薬品が並べられている右隅に、人ひとりがやっと通れる大きさの小さな扉がある。その扉から、一人の女が現れたのだ。
(お嬢ちゃん、か……。やっぱり私って、そんなに幼く見えるのね。もう二十四になるのに……)
知美はがっくりと肩を落とし、溜息を短くついた。そのついでに、本日の自分の服装をちらりと確認した。
胸にワンポイント模様の入ったTシャツに、着古してよれよれになったジーンズ。そして足元は、泥や擦り傷で傷んだみすぼらしいスニーカー……。おまけに、髪型は動きやすいように二つに分けたおさげにしている。
その姿はカメラアシスタントとしては合格だが、妙齢の女性としては確実に落第だ。
(……幼く見えて当然よね。こんな恰好じゃあ、中学生でも通りそう……)
知美は再び溜息をつきながら、正面を見遣った。カウンターの奥から、一人の女がこちらにやって来る。
その瞬間、知美は息を呑んだ。
というのも、その女が目を瞠るほどに美しかったからだ。
女は、知美と同じくTシャツとジーンズに、ゴムサンダルというラフな恰好をしている。その上には長袖の白衣を着ているが、前のボタンは留めずにはだけたままだ。袖は肘のあたりまでまくり上げ、いつも両手を突っ込んでいるのか、白衣のポケットには穴が空いている。──しかもその白衣というのが、何とも言えない色のシミであちこち汚れている代物だ。
だが、そのような姿をしている以上に、女の妖艶さがひしひしと伝わってくる。
年頃は丁度、知美と同じ位か、少し上といったところだろう。卵型の小さな顔には、日本人離れしたエメラルドグリーン色の大きな瞳に、すっと伸びた鼻、ふっくらとした唇。後頭部でポニーテールにした、腰まで伸びる緩やかな黒髪が、店内の明かりで艶やかに光っている。
そう、同じ女である知美でさえドキっとしてしまう程の魅力を、その女は持っていた。
「何か薬をお探しで?」
白衣を着た女が知美を見つめた。その表情はまるで「何でもかかってきなさいよ」とでも言っているかのような、大胆不敵な笑みが浮かんでいる。
そんな表情に対しても胸がドキドキしてしまう。知美はたじろぎながら言葉を探した。
「え……っと、あの。こ、このチラシを見て来たんですけど……」
知美は手に握りしめていた紙を見せた。葉書サイズの白い紙だ。すっかりくしゃくしゃになっていたが、どうやら何かのチラシのようだ。そこには、殴り書きのような汚い手書きの文字でこう印刷されていた。
あなたの町の薬局 ついに開店!
薬剤師常時配置
一般薬販売の他、秘薬の調剤・相談受け付け〼
あなたが本当に手に入れたい薬がきっと見つかる薬局
──あかり薬局──
その宣伝文句の横には、この店の住所と電話番号、簡単な地図も記されていた。それによれば、この店が「あかり薬局」らしい。
知美はこの町で一人暮らしをしているのだが、アパートの郵便受けにこのチラシが入っているのを今朝方見つけたのだ。チラシを見た知美は早速、仕事の昼休憩時にでも来店しようと思い、今に至るわけだ。
白衣の女は、知美が見せたチラシを見るなり、ニンマリと笑って呟いた。
「ほ~ら、私の言った通りじゃない。明け方までチラシ配りして正解ね」
「えっ?」
「コ、コホン! いや、 何でもないさ」
女はわざとらしく咳払いをすると、知美に尋ねた。
「それで、何の薬が欲しいんだっけ? 頭痛薬? それとも胃腸薬?」
「い……いえ……」
女の質問に答えるのが恥ずかしくて、知美は思わず俯いた。でも、せっかくここまでやって来たのだ。何もせずに回れ右をするのはもったいない。
知美は恥をかくのを覚悟してから、そっと口を開いた。
「そうじゃ……ないんです。というか、私ったらどうかしてますよね。現実にこんな薬、ある訳がないのに……」
そこまで言い切ると、知美はどこか悲しそうに目を伏せた。そんな知美の様子を見て、白衣の女はこんな質問をした。
「お嬢ちゃんが欲しい薬は、この店内には置いてない薬なんだね?」
知美はその言葉に驚いて、目を見開いた。
この白衣の女は、確かに『この店内には』という部分を強調するように言った。つまりその言葉の裏では、知美の欲しい薬が『存在する』ことを示しているのだ。
知美は女の目を覗いたが、女の眼差しは真剣そのものである。嘘や冗談で言っているような目ではない。
「で、でも」
それでも女の言葉を信じることができない知美はかぶりを振った。
「どこにもあるはずがないんです、こんな薬……」
その時、白衣の女はにやっと笑ってみせた。そしてカウンターの奥の扉を示し、恭しく一礼しながら告げた。
「『秘薬の調剤と相談は、奥の部屋で受け付けます』」