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第一包:あかり薬局 開店! あなたの望みを叶えます


 森崎(もりさき)知美(ともみ)は悩んでいた。彼にどうやってこの薬を飲ませればいいのかと。

 知美が白い紙の薬包紙を手に持って立ち尽くしていると、後ろから罵声が飛んできた。

「森崎!! 何ボーっとしてるんだ! レフ板を追加!」

 知美の後ろでは、大柄で強面の男がカメラを構えていた。彼はこのスタジオの経営者であり、カメラマンでもある重野(しげの)という男だ。重野はじろりと知美を睨んでいる。

 重野が構えるカメラの先には、一人の女性モデルがポーズを決めて立っていた。

 そのモデル──エリが、知美に向かって一瞥を投げた。その端正な顔に、まるで知美を「使えないアシスタント」と嘲るような冷笑が一瞬浮かぶ。

 それに気付いた知美は、思わず顔が熱くなった。

「はっ、はい! すみません!!」

 仕事中であることを思い出して、知美は反射的に返事をした。そして、肩に提げていた仕事用バッグの中に薬包紙を咄嗟に突っ込む。これを誰かに見られてはまずいのだ。──特に、この強面の男だけには。

 この撮影スタジオの部屋の隅には、様々な撮影用器具が置かれている。知美はそこから丸く収められたレフ板を手に取ると、重野とモデルのエリのもとへ駆け戻った。それから、エリの傍で勢いよくレフ板を広げる。

 その時、レフ板に何かがぶつかったような衝撃を感じたが、上の空の知美の気に留まるはずもなかった。自分のショルダーバッグにでも当たったのだろう、と知美は意識の端で考えた。

「はあ……」

 知美はレフ板を抱えながら、深々と息を吐いた。バッグにしまい込んだ薬包紙のことを考えると、ついついため息が出てしまうのだ。

 すると知美に続き、カメラマンの重野も呆れ果てたようにため息をついた。

「……ばか」

「え?」

 知美は何気なく手元を見やると、なんとレフ板がエリの顔に被さっているではないか! どうやら知美がレフ板を広げた際に感じた衝撃は、近くにいたエリの顔に当たったときのものらしい。

 レフ板の影にすっぽりと隠れてしまったせいでエリの顔は見えないが、どんな表情をしているかは想像にかたくなかった。知美が恐る恐るレフ板を下げていくと、エリの顔が現れ始め──、知美の予想は的中した。

 エリはいかにも不機嫌といった表情で、知美の顔を睨みつけていた。目には──一切隠そうとはしていない──怒りの色が浮かんでいる。そのとんでもない形相が端整な顔立ちを台無しにしていたが、当の本人はそれどころではないらしい。

「すっ、すっ、すみません!」

 レフ板を引っ込めようと、知美は慌てて両手を動かした。しかし、その動転が運の尽きだった。

 慌てたせいで、うっかり手を滑らせてしまったのだ。レフ板が宙を舞い、エリの頭のてっぺんで一度跳ね返ってから、ポトリと床に落ちた。

「あ、あなたねぇ……」

 髪のセットがすっかり崩れてしまったエリは、肩を震わせながら声を絞り出した。みるみるうちに、こめかみに青筋が立っていく。

 同じ部屋の中、撮影所の横でバタバタと忙しく動いていた他のスタッフたちは、漂ってくる不穏な空気に気づいたらしい。皆手足を止めて、心配そうにこちらの様子を伺っている。

 それもそのはず、この撮影は今をときめく人気女優であるエリに、わざわざ指名されての仕事だったからだ。今度写真集を出版することになり、その写真集に載せる写真は全てこのスタジオで撮影を任せたいというのが、当の女優たっての希望であった。

 知美が所属するこのスタジオは仕事が入ってこないほど寂れている訳ではないが、その名が世に広く知られているほどの有名スタジオでもない。だからこそ、人気女優の写真集という大口の仕事を得ただけでも凄い事だったが、『指名』されたことがこのスタジオにとって一番の成果だった。もちろん今回の仕事を成功させることができれば、このスタジオの名に箔が付くだろう。

 つまりは、今回の仕事だけは失敗が許されないということだ。

 薬のことで頭がいっぱいだった知美は、やっとその事を思い出した。

(──や……やっちゃった~~~~~~!)

 後悔先に立たずとはこのことだ。知美の顔から一気に血の気が引いていく。


 ますます恐ろしくなる人気女優の形相。

 事の行方を不安そうに見守る他のスタッフたち。

 そして、「やれやれまたこいつか」と言わんばかりの、重野の表情。


 それらが頭の中を駆け巡るうちに、知美は無意識にも、バッグの中の薬を渡された時のことを思い出していた──。


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