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プロローグ

ぼちぼち。のんびりと。


 ひたりひたりと冷たい床を歩く。ぼんやりと月光があたりを照らしていた。光源はそれだけの、薄暗い場所。けれども不思議とあたりの様子がよくわかるのは、これが夢であるからだろうか。


 そう考えた時にはもう、どこかぼんやりとしていた意識がはっきりとしていた。


 瞳に映るのは大理石の床、古めかしいタペストリーがかかった壁。そして、むせかえるような薔薇の芳香が鼻を衝く。それらは妙にリアルで、夢と断じるには生々しすぎた。


「何なのよ、もう」


 つぶやく声は不気味に響く。人の気配はなく、ただ自分の影だけがゆらゆらと揺れていた。


 毎晩、ただ歩くだけの夢をみる。朝起きた時には忘れているのに、夜また同じ夢を見て思い出す。ああ、昨日も同じ夢を見たのだと。それが無意識に神経をすり減らし、ここのところ体が休まることがなかった。


 時間にしたどのくらいなのか。いつものように突き当りを左に曲がる。いつもならばそこで目覚めるはずだった。


 けれども、目覚めることを期待する意識に反して体はひたりひたりとそのまま歩を進め続けていた。


「……え?」


 いつもとは違う展開に、思わず声が漏れる。止めようと思っても足は自分の意思には従わず、まるで操られているかのように歩き続ける。そんな足が向かう先には一つの黒い扉。薄暗い闇の中でもはっきりと昏い、どこかおどろおどろしささえ感じさせるものだった。


「待って」


 そこに近づいてはいけない。


 頭の中で、本能の発する警鐘がうるさいくらいに鳴り響いていた。それでも足は止まることなく進み、ほどなく黒い扉の前で体を運んだ。


 むっと、薔薇の香りが強くなったような気がした。頭がくらくらとして、吐き気さえ催すような感覚。


 これは夢なのだ。夢だとわかっているのだ。だから目覚めろ、目覚めろ、と強く願うが、夢の中で何かに操られているかのように自由にならない体は、やはり意思に反してその体を動かし続けていた。


 ゆっくりと手が動き、冷たいドアノブに触れる。そのまま扉が自らの手によって開かれた。


 ふわり、と漂うのは濃厚な薔薇の香り。気持ち悪いくらい濃いにおいの向こうで、暗い影が一つ動く。


「やあ。ようこそ」


 甘い声が脳を溶かした。一瞬だけ意識が持っていかれる感触。けれどもぽたりぽたりと水滴が落ちる小さな音に、その意識はすぐにこちら側に引き戻された。


 血臭。


 それに気が付いたとき、視線はすでに「ソレ」に向けられていた。


 頭の中でガンガンと警鐘がうるさいくらいに鳴り響き、意識をグラグラと揺さぶる。


 巨大な木の杭に突き刺されたソレはぽたりぽたりと闇よりも暗い液体を滴らせ、落とす。


「ああ、ようやく君を追い詰めた」


 ソレのそばで、二つの青く輝く瞳が嬉しそうに細られた。奇妙に甘ったるい言葉が鼓膜を焼く。


 絶叫したのだと思う。けれども自分の声は聞こえずに、ただその甘ったるい声だけが耳元で響いた。


「待っていたよ。僕のかわいい――。」




 はっと目を開けると、うすぼんやりとした朝の光がカーテンの隙間からさしこんでいた。


「夢、か……」


 妙にリアルで生々しくて、いつもよりも嫌な感じの夢だった。そんな日に限って夢の記憶は鮮明で、いやになる。じっとりと体が汗ばんでいて気持ち悪い。そんなすべてを振り払うように大きく息をついた。えいやっと気合を入れてカーテンをあけ放つ。


「あー……。朝日が染みる」


 怖い夢のせいで嫌に緊張していた体が温かな光でほぐれていくようだった。一瞬漂ったような気がした薔薇の残り香を振り払うように頭をすり、立ち上がる。


 そのままあわただしく朝の支度をし始めたせいで、だから気が付かなかった。起き上がった体の下、そのシーツの上に血のように赤い薔薇の花びらが数枚、散っていたことに。


プロットはあるので亀ですが更新していきたいと思います。

作品を気に入っていただけましたら最後までお付き合いいただけますと幸いです。

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