転生メイド……とはあまり関係ないテンプレ婚約破棄物②
連載の筆がなかなか進まないのでノクタ版からエッチ抜いてちょっと加筆したものを投稿します
「マルグレーテよ、よく聞きなさい。ロビン様がお隠れになりグレイル様達に王位継承の芽が出た事で、もはや王座を巡る争いは避けられない」
つい先日王立士官学園に入学し、子供の頃から親交のある気の置けない友人たち一緒にこれから楽しい日々が始まると、明日からの学園生活に思いを馳せていたある日の事。
父の書斎に呼ばれこの話を聞かされたときは、我が家もその争いに巻き込まれるのかと、気分が悪くなった。政略結婚は仕方ないにせよ、婚約者であるグレイル様はあまり私に興味がなく、表面上の付き合いしかしてないのだ。
そんな彼と婚約してるのだから、正直他人の争いの為に矢面に立たされるような気がした。特に嫌なのは友人の数人は他の王位継承権を持つ殿方と婚約してる事実、私たちの意思とは関係なく気安く話すことすら出来なくなる事だ。
「ロビン様の葬儀の際に噂程度には聞き及びましたが、お父様としてはグレイル様を王とするべく動かれるのですか?」
「いや、ジョゼット公爵家はこの後継者争いに徹底して不干渉とする。こんな勝っても負けても恨まれるような、不毛な事やってられん」
これにはちょっと驚いた、父は強欲とまでは言わないが、それなりに権勢と利権を求める程度には貪欲な人だ。そんな父が王妃の父となる可能性を捨てるとは思わなかった。考えが顔に出ていたのか父は少し憮然とする。
「考えてもみろ、仮にグレイル様が王となったとしても、それ以外の後継者を支援していた貴族はどうなると思う? 中央から遠ざけられる程度なら兎も角、最悪難癖をつけられ没落だ……人に恨まれるのは可能な限り避けるべきだ、権力がある相手なら特にな」
父曰く、権勢を羨ましがられるなら問題ない、なぜなら利益を齎せば少なくとも敵にはならないからだ。しかし恨まれるのは拙い、特に減封や降格と言った被害を被った上での恨みは、利益度外視で敵対してくるので、交渉すらできない場合が多いのだとか。
人の恨みは怖いぞと、父は言う。公爵の地位に居ては人の恨みを買うことなど珍しくないにせよ。いや、だからこそ、その怖さが骨身に染みているのか。
「とにかく不毛な後継者争いなど、なんの得にもならん事は関わらんに限る。誰が王位を得ようが我が公爵家を蔑ろには出来んからな、権力基盤が脆弱であれば特に」
私としても友人との仲が拗れるのは勘弁なので、お父様の方針はありがたい。ありがたいのだけど現実として、王位を巡る争いは避けられないのはどうするのだろう。婚約者の私など間違いなく周囲が巻き込もうとするはずだ。
「お父様のお考えは承知いたしましたが、不干渉と言っても私は繰り上げで第一王子となったグレイル様と婚約しております。周囲がグレイル様派閥の旗頭に祭り上げるのでは?」
「無視して構わん、なぜなら先程陛下に進言し、王位継承者を持つ未婚の者達全員の婚約は白紙になる。明日には正式に勅命が下されるだろう」
おおっ! 思い切ったことをしたものですねお父様、確かにそれなら無関係でいられますね。友人と険悪になる可能性が消えただけでなく、顔は良くても自分勝手なグレイル殿下は好きでないので、婚約が無くなったのは正直嬉しい。
「……で、だ。お前はマグナ公爵家のアルス君を覚えてるか?」
「アルス様ですか? 確か私が8歳の時に彼との婚約話が持ち上がったのを覚えてます。継承権5位で、国土の一割に相当する魔物の領域を、手勢だけで瞬く間に切り取った英傑と聞き及んでおります」
子供の頃に会ったとき一歳年上の彼は優しく、とても大人びて見えて、子供心にときめいたのを覚えている。結局その話は私とグレイル殿下との婚約が持ち上がり流れてしまった。駄メイドが焦るくらいには取り乱して大泣きしたなぁ。
その後引き合わされたグレイル様は、顔は綺麗だけどアルス様みたいに優しくないし、すぐ怒るし自分勝手な男の子だった。いや、今現在も似たようなものね。その場ではなんも言わなかったけど、屋敷に帰ったらアルス様が良いと、かなりしつこくお父様に訴えたのを覚えてる。
駄メイドが「悪役フラグ消滅キタッ」とか言ってた気がするけど、今でもどういう意味か分からない。多分未来永劫私には分からない世迷言だろう。
私と同い年なのに……今にして思えばあの頃から頭が残念な駄メイドだったのね。
そのアルス様は中央では既に英雄やら勇者やらと持て囃され、令嬢たちの噂に上らない日は無い。そして態度は紳士的で輝くような美男子、その上マグナ公爵家の嫡男で、家臣の娘を側室に娶っているにせよ、今のところ正式な婚約者は無し。と、まるで物語の主人公のようだ。
あーあ、あの馬鹿王子との婚約が無ければ、私が婚約者の可能性が高かったのに。家格も同等だし容姿も教養もそれなりに自信があるのに。
「うむ、その彼だが王位継承権を放棄し、切り取った領土の開拓に生涯を捧げるのだとか」
流石英雄様ですね、その名声からしてアルス様が陛下の養子になり、彼が玉座に座っても誰も文句は言わないだろうに。あえて苦難の道を選ぶとは。我儘なだけで無駄に偉そうな王子に爪の垢を飲ませたいくらいです。
「継承権を放棄した以上、彼は争いとは関係ない。昔婚約を打診してきた縁があったおかげか、お前との婚約を申し込んだら脈がありそうだった。明日にはマグナ公爵領に向かうから準備しておけ」
……はい?
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馬車に揺られて約半月、やってきましたマグナ公爵領。いきなりの事で最初は面食らいましたが、考えてみればこの上ない良縁です。少なくともあの王子と結婚するよりは幸せになれそうなので、私は機嫌良く父との馬車旅を楽しんだ。
マグナ公爵の屋敷に到着した私たちは、まず旅の埃を落し身嗜みを整えてから領主であるマグナ卿との面会に臨んだ。今日はちょっと気合を入れて髪を整えさせる。
「お嬢様、調べたところアルス様の側室はお二人。どちらも家臣の家柄なので正室の身分を狙ってる等の素振りはありません」
駄メイドの癖に良く調べてきたわね? まぁ側室の身分に満足してるなら、そうそう関係が捩れることは無いでしょう。
「先ず一人目のタイプは【母性/ナデシコレディ】で特性は【巨乳メイド】です。特筆すべき点として、ナデシコレディタイプは女子力が高く、弱点も少ないレアタイプです。これは強敵ですよ」
うん、駄メイドの世迷言は今日も何を言ってるのか分かりませんね。なんですかタイプって?
「まったく。ナデシコレディはチートですからね。ガチャでゲットする為に1000Kほど課金したのも良い思い出です、あぁ……あの時は私も若かった」
『ちーと』とか『せんけー』とか『かきん』とか良く分かりませんが、お前が駄メイドらしいダメ人間なのは伝わりました。
「もう一人のタイプは【ツンデレ/ボーイッシュ】特性は【女騎士】弱点が多いタイプですが、その分爆発力は無視できません。油断したらあっさり負けてしまいますよ?」
そもそも負けるとか強敵とか、お前それってこれから嫁ぐ予定の家にいる側室に関する評価に相応しくない気がしますよ?
「ですが心配いりません! お嬢様のタイプは【妹系/あざとい】ですからね、これに特性【金髪縦ロール】が加われば、ナデシコレディにも効果は抜群です! ……しまった! タイプ母性にタイプ妹系は相性が悪いんでした! くっこんな基本的な事を見落としていたとは……」
「貴女が何を言ってるのか良く分からないけど、身分の上では私が正妻なのだから、側室の女性を相手に勝つとか負けるとか関係ないでしょう。それともアルス様の女性の好みとか知らないの?」
普段は世迷言ばかりの駄メイドだけど、その謎の情報収集能力は侮れない。何故かこの子グレイル様の悩みを言い当てたり、フィリップ様の日課とか、他の王位継承者の苦手なモノとか知ってたりするのよね。
それで友人の一人が助かったことがあるから、この駄メイドをクビにできない理由だったりする。
「うーん本来アルス様は初恋の女性が、父親の側室になったショックで自分に自信のないヘタレキャラの筈ですが。その初恋の人と結ばれてる時点で一切情報がありません」
本来もなにも、アルス様はヘタレとは程遠い人でしょうに。駄メイド曰く、彼の弟にして後輩ショタキャラのローレンルートの話の根幹で、ヒロインと彼は協力し、アルス様とその護衛の女騎士との恋を成就させるのに奔走する話だとか言ってましたが……その女騎士ってアルス様の側室のテレサ様じゃないですか? とっくに結ばれてるじゃないですか。
「はぁツンデレとヘタレの焦れ焦れの恋愛模様が良いのに、ここでお嬢様を投入して三角関係とか見て楽しみたかった……はぁ」
「とりあえず貴女が碌でもない事を言ってるのは分りました。私はマグナ卿と面会してくるので部屋で黄昏てなさい」
駄メイドがまだ妄言を吐いてるのは無視してマグナ卿との面会ですね。ご本人に会えないのは残念ですが、彼は王都の士官学園にほど近い屋敷で暮らしてるので、領地にいないのですから仕方ありません。
結論から言うと、私の婚約はあっさりと成立した。同席した夫人が私を気に入ってくれたのもあるのだけど、決め手は未開地の開拓における援助を父が申し出たからだ。
公爵同士の政治の絡んだ話は早々に切り上げ、私は一足先に王都へ帰還する。私の口から婚約が成立したことを伝えるように、お義父様から頼まれたからだ。「話を持って行ったときの息子の様子を後で教えてくれ」とか、悪戯っぽく微笑んでいたのが印象的でした。
帰り際にお義母様から沢山の贈り物を渡され、側室の一人ヘレナ様との間に産まれた孫娘が彼の屋敷にいるので、私から渡してほしいと頼まれた。随分大量だと思ったけどマグナ卿を始め古くから仕えてる家臣の分もあるらしい。
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婚約が成立した旨を伝えるために、マグナ公爵の書状を持って彼の屋敷を訪ねた。態々出迎えてくれた彼に、書状を渡すと、私の事を覚えていてくれたのか「久しぶりだねマールちゃん、見違えるくらい綺麗になったね」と微笑みながら頭を撫でられた。
背後で駄メイドが「ぐはぁ! なんたるイケメンエロボイス! 乙女の情熱が鼻から吹き出そう」とか言って身悶えてるのを無視。正直駄メイドに関わってる余裕がない、拙い、何が拙いって私も【乙女の情熱】を鼻から吹きそう。
今や、令嬢たちの話題に上らない日は無い完全無欠の英雄が、私を覚えていてしかも優しくしてくれるものだから、羞恥と歓喜とその他諸々が混じった感情をうまく制御できない。
「ところでマールちゃん、メイドさん大丈夫? 体調が悪いならベッドまで運ぶよ?」
「おお、お気になさっなさらずとも、けけっ結構ですわ! あの子はたまに奇行に走りますの!」
「ベッドまで運ぶ……ぐへへ! デュフフフ! わ、わが生涯に一片の悔いは……結構ある……ガクッ」
駄メイドをあっさり行動不能にするとは恐るべしアルス様。私も正直、平静を保ってる振りをするだけで精一杯です。手紙を読みながらアルス様は使用人に、駄メイドを客間に運ぶように指示した。正直その子は外にでも捨ててきた方が良いかもしれませんね。
手紙を読み終えた彼は私を真っすぐに見据える、真剣そうな顔で私も自然と浮ついた気分が落ち着いてくる。
「既に聞いてるかも知れないけど、僕には子供の頃から付き合いのある側室が二人いる。その事に関して君の考えを聞かせて欲しい」
「貴方様の身分で側室など、複数人を囲うのが当然と考えます。家の為にも子供は何人でも必要だからです。勿論世継ぎは私が産んだ息子であればと考えております」
私の返答に満足したのか真剣な表情が一変、柔和なものになり「ありがとう」と言って小さく頭を下げた。
「変な事を聞いてごめんね、名家の令嬢の中には側室を排除しようとする人がいると聞いて少し不安だったんだ」
「愛しい人を独占したいと望むのは女として当然ですわよ? まぁ美しい女性を何人でも侍らしたがる殿方の願望を容認するのも、夫人の務めと教えられておりますわ……ですが」
言葉を切ると私は彼の隣に腰かけ耳元で囁く……
「一番愛して貰えるように頑張りますわ」
どこからともなく「キタッ! 高威力のあざとい技、【うわめづかい】ですねっ! 効果は抜群です」とか幻聴が聞こえましたが無視です。この後側室のお二人を紹介され、私は彼の婚約者として受け入れてもらいました。
そして、私は完全に失念をしていました。アルス様は在学中だと言うのにメイドに手を出して孕ませるくらい女性に手の早い人なのだと……
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妊娠の発覚した私は学園を休学してジョゼット公爵家の別邸で安静に過ごす毎日だ。日を置かず友人たちがやって来るし、アルス様も忙しい最中時間を作って会いに来てくれる……貴女たち? 私に会いに来てくれてるのよね? アルス様目当てじゃないわよね?
友人たちの目が肉食獣じみてるのは気が付かないふりをしておこう。最近アルス様がやって来る時間を見計らったように、お見舞いに来てくれるのは偶然だと信じます。
それはさておき、最近駄メイド見てないわね? まぁジョゼット公爵家に雇われてる訳だし、父が私の身の回りの世話は出産経験のある者が良いと考えたのかも知れない。そんな事を考えていたが、聞き覚えのある声が聞こえてしまう。
「お嬢様ぁぁ♪ お待たせいたしました。サラが傍に居なくて寂しかったですか?」
「別に待ってません、最近見ないのはやっとクビになったのだと思って……ん?」
駄メイド? 太った……んじゃないわよね、どう見ても私と同じようなお腹のような……
「ああ、私パウロ様の側室に召し抱えられました、そのおかげでちょっとお嬢様の傍に居れなくなっちゃったんですよ」
ですがもう大丈夫です! とか言ってドヤ顔するのがちょっと腹立ちますが。それ以上に聞き捨てならない事言ってましたね!
「お兄様の!? ちょっとどういう事よ貴女、お兄様と殆ど面識なかったじゃない」
「いやぁ? 結構前から付き合ってましたよ、パウロ様も継承権があるので、婚約が白紙になったその日にプロポーズされました。そして受け入れた結果がこのお腹ですね、あっはっは」
お兄様の婚約者だった令嬢は確か、側室なんて絶対に認めないと公言してる方でしたね。え? え? いつも一緒にいた私が知らないうちに付き合ってたの?
「私は生まれてからずっとお嬢様が幸せになれるように頑張ってましたが、それはそれとして自分の幸せも追い求めただけですよ。ちなみに乳母は私がなるのでご安心を」
「安心できないわよ、私の子供に変な事吹き込みそうよ!」
「照れ隠しですかお嬢様、もう可愛いんですから。そう思いますよねアルス様」
いつの間にか部屋に入っていたアルス様が駄メイドに水を向けられて、感心したように頷いてる
「サラさんは本当にマールが好きなんだね。サラさんがいてくれれば安心だけど、君も身重なんだから無理しちゃいけないよ」
アルス様騙されてるぅぅ! 正気に戻ってください、この駄メイドは子供の教育に悪影響しかありませんよ!
「無理だなんて、私はお嬢様の子供を抱っこして、お乳を上げるのが夢だったんです」
「サラさんがそこまで言ってくれるマールは幸せ者だね。僕はパウロと打ち合わせがあるから終わったら顔を出すよ。それまでサラさんとゆっくりしてなよ」
い、いけません。アルス様までお父様と同様駄メイドに騙されてる! ここはなんとか正気に戻っていただかねば……あぁもう行っちゃった。
誤解を解きたいところですが、駄メイドは私以外には世迷言とか言わないし、普通に有能だから性質が悪い。
「ねぇお嬢様」
「なによ駄メイド。アルス様やお腹の子供に変な事言ったら怒りますからね」
「もう私の知ってる物語なんて影も形もないですし。破滅フラグは全部叩き潰しました」
「またその世迷言? まったく殿下なんかに盲目的になって、誰彼彼構わず傷つけるなんてあるわけないじゃない」
彼女の言う破滅フラグとやらは知りませんが、まったく、余計な心配と言いうものです。
「ええ、あるわけありません。幼い頃からお世話をさせていただいたこのサラが、そんな考え叩き潰しましたから」
この駄メイドは本当に子供の頃から口煩かったわね……まぁ今にして思えば正しい事しか言ってないのは認めるけど。
「ええ、私は悲しい破滅に涙する悪役令嬢を幸せにしたいと願って生まれたから、今とても幸せです。お嬢様は今幸せですか?」
「はぁ、また良く分からない事を……あのね、初恋の人と結婚して、こうして子供も授かってるのに幸せでない筈が無いでしょ。貴女だってお兄様が好きなら分かるんじゃないの」
「ええ、勿論ですよ、だから言ったじゃないですか。今とても幸せだって……だからこれからも幸せになってくださいお嬢様」
そう言って笑いかけてくるサラの顔は……いつもみたいなふざけたものではなく。優しい母親を連想させる慈しむような微笑みだった。私は素直にサラの言葉に頷くのが気恥ずかしくなったので……
「当たり前よ、私はアルス様が好きだもの、側室の二人よりたくさん子供産んでやるわ」
……と、冗談めかして返すのが精一杯だった。
読んでくれた皆さまありがとうございました