奇形児の産声
初めてスマホで書いた。
はいいものの
段落分けも何もしてないから、気が向いたら後で清書する。
私と彼女は膝下までの水位の中で立っている。
私が呼吸に微動する度に、水面は僅かに波打ち彼女の足を濡らしていく。
彼女は物言わず、ただ、足をついたままに漂っている。
私は私で、彼女の虚ろな目に見つめられたままで、水面を見下ろしている。
水面には私と彼女が写っている。他には何もない、ここには2人しか居ない。
水面に写る彼女は、赤い顔で、目で私を見ている。
私はそれが怖かった。
私は彼女を見る事が出来ない。
白い顔の、手足の彼女を見る事が出来ない。
私は下を向いたままに左足を1つ前へと進める。
赤い水面は、私を留めようと抵抗する。私はその制止を振り払う。
悪夢を終わらせるのだ。
彼女は動かない。私は右足を1つ前へと進める。
彼女は動かない。私は彼女に触れる。
彼女は動かない。
何故、動かないのだ、悪夢の主よ。私は悪夢から覚めなければならない、だから私は彼女の瞳を閉ざさなければならない。
私が彼女の顔に触れると、水面は一層に波打ち、彼女の内腿を濡らした。
彼女は動かない。水位は増していく。膝上までが濡れていく。
彼女は動かない。波は強くなり、2人の間にようやくの音を立てる。
私は彼女の目蓋に優しく触れる。
私の知っている彼女は嫋やかであったから、私はそれに従おうとした。
そのまま目を閉じれば…。
彼女の虚ろな目が白を称えるのを私は見る事が出来なかったが、私は彼女の目を閉ざした。
赤く、虚ろな瞳だった。
波は穏やかになり、音は収まり、再びの静寂の中で私は水面を見る。
彼女は笑う。
遅かったのだと笑っている。
呪いは成就し、産み落とされたのだと悲しんでいる。
彼女の赤い顔が笑うのを私は見ている。水面に浮かんだ赤子の顔を見ないように。
彼らは望んだのだろうか。この生という死を。
『死』と『老』という呪いをかけられてこの世界に産まれるのを。
彼らは安らかに眠る。まだ揺りかごの外を知らないのだ。
彼らはまだ泣かない。自分が呪われている事を知らないからだ。
彼らはまだ暖かな水面の上で、漂っているだけだ。
彼女は動かない。
赤子達は動かない。
ここでは私だけが動いていて、彼女らを脅かしていく。
私は赤子の顔を掴む。
小さな身体が水面から切り離されて、渇いていく。
そして泣き声をあげる前に息絶える。
私はそれを見ている。罪悪の意識は無く、あるのはただ1つ、虚無感のみである。
これは解放だ。彼らを彼女の呪いから解放するのだ。泣いてしまう前に、全てを還すのだ。
だから、私は間違ってない。
神も天使も悪魔も、私を赦してくれるだろう。
彼女は何も言わない。自分の産み落とした呪いの行方など、気にも留めずに、ただ私を見ている。
いくつかの赤子の呪いを祓い、その度に彼女の顔色を伺い、その度に沸き立とうとする罪悪を殺す。
水面に浮かんでくる赤子は既に疎らになって、もうすぐこの悪夢が終わるのだと予感させた。
彼と彼女で最後だ。
人は何故生を受ける?その名前を誰から貰う?その声を誰から貰う?その言葉を誰から学ぶ?
赤子は何を知っていて、何を悟って、何を考えて泣いている?
言葉を持たない彼らに自我は存在しているのか?彼らは自分が何故生まれたのか知っているのか?
彼らは、自らを蝕み、やがて自らを滅ぼすであろう呪いに気付いているのか?
それは罪と罰であり、それ以外でもあるのかもしれない。
束縛、身を縛る何もかもが彼らを締め付ける。
生まれた罪。死へと向かう罰。
老衰は避けられない。死は避けられない。
もし運命という大きなシナリオが存在しているのだとすれば、それの決定が絶対であるという罰。
転生説が絶対的に正しいのならば、前世での罪。だから彼らの現在の肉体は呪いを受け、罰を受けている。
彼らは知っているのだろうか。自分何故泣いているのかを。
私は、赤い水面に浮かぶ赤子を抱きかかえる。
どうして泣いているの?
彼は何も言わない。ただ、泣いている。
どうして泣いているの?
彼は何も答えない。ただ、嘆いている。
小さな身体が、私の腕の中で動いている。
生命。魂。どこから来て、どこへ行くのか。
左手は何処だ?右手は?両足は?
足はこれだ。それが君の身体だ。
右手はこれだ。
左手は何処だ?左手が見つからないのか?
そうか、これも罰。呪い。彼女の生んだ呪い。彼も呪われた子か。
君の左手は、不浄であって、彼女はそれに対して『処置』をした。
君は、清浄で暖かな呪いの中に居る。
だから私はこの呪いから解放しなければいけない。
呪いからの解放だって?
私達は、彼らは、永遠にも等しい輪廻の中を、その呪いに囚われたままで、ただ回っているだけだろう。
罪が生み出す罰を全うし、罰の全うもまた罪。終わらない罪悪の中でただ回っているだけ。
彼女だって、私だって知っている。
誰も死んでなんていないし、誰も生まれてなどいないって。
知ってるだろう?この赤子だって、その回天から逃れる事が出来ないのだと。
人間の二面性は時折私にそう囁くのだ。
神の与えた罪と罰が、偽善と傲慢を伴ってただ永劫を回る。
知っているとも。
私の潰した赤子達は赤い水へと溶けて、また呪いを受けて水面へと浮かび上がって、また……。
ただ、長い、長い旅の安息を作る事しか出来ない。私はそれを知っている。
泣き声を上げる前に、世界を知ってしまう前に、母親の顔を見る前に、言葉を学ぶ前に。感情が芽生える前に。
自我が目覚める前に。魂を与えられる前に。
私は赤子を壊していく。器が器である内に。
彼女は器を生み出していく。彼女は知っているのか?
自分が呪いを生み出している事を。虚ろな目で赤子ではなく、私をじっと見て。
逃避?それとも?
彼女は呪われている。これは罰。
私は呪われている。これは罰。
神は呪いを与え、罪と罰を作り、私達に与えた。
私の腕の中で赤子が動く。
右手を僅かに開いて、足を小さく動かして。
左腕は呪われていて、彼女はそれに気付いている。
おそらく自分がこの子の左腕を奪ったのを知っているだろう。
彼は、輪廻に囚われている。
彼は罪悪と共に生きていく。左手に呪いを抱えたまま。
自我を認識した時、その顔は苦悶に満ちるだろう。
言葉を学んだ時、自分は呪われているのだと気付くだろう。
さあ赤子よ、泣くのだ!
罪悪を恨んで神を憎んで、この輪廻から逃げ出したいと。
赤子は口を開く。
さあ!
彼女は私を見ている。
私は水面を見ている。
赤い水面には赤子の顔がいくつか浮かんで来る。
彼女は、彼女の顔は彼らを見る事は無く、私を見ている。
縋っているのか?憎んでいるのか?逃げ出したいと願っているのか?
彼女は何も言わずに私を見ている。
私は、水面の赤子の顔を潰す。
魂のない赤子は、声も上げずに霧散して、水面へと消えていく。
彼女はそれを見る事はない。
彼女は私の罪悪。
許されざる罪。身を焼き尽くす罰。
彼女は私を見ている。私に正しさを問いながら。