ファイル9 絶望の世界の使者との遭遇。
久方ぶりの投稿となりました。よかったらお楽しみください。
「これがその通風孔というわけ」
部長と愛ちゃんの案内によって生命進化推進興業所内に入れるかもしれないという通風孔に俺達は来た。
見ると確かに通風孔をふさいでいるアミが緩んでいるようなので、道具箱に入っている道具を使えば取れるかもしれない。
しかし、どうでもいいけれども良くこの場所に気づく事ができたなという気持ちが、俺にはあった。事実、この通風孔、生命進化推進興業所の奥のほうにあり、周りを見ると鉄パイプや資材などが、乱雑に置かれており、どうみても邪魔だから移動させたという感じだった。恐らくは通風孔の前に置かれていたのではないだろうか・・・。
俺がそんな事を思っていると真心が自分の近くにあった細長い鉄パイプを何気に手にとってその事を訊ねた。
「部長、よくこの通風孔に気づきましたね。」
「ああ、それ。それ私が気づいたんじゃなくて、愛が気づいたのよ。ついでに言うならば周りにおいてある資材等も、最初は通風孔の前に置いてあったのよ。そんな状態の通風孔なんか私が気づく筈ないでしょう」
そう言って部長は肩を竦めた。でもそれを聞いて俺達も納得した。確かにこの部長じゃそんな状態の通風孔なんか気づく筈がないわな。でもそう考えたら、それに気づいた愛ちゃんって実は凄いんじゃないのか?
まぁ、愛ちゃんって元々細かいところにもよく気が付くし、観察力などもいいみたいだから納得できるところはあるけど・・・。
まぁ何にしても、このアミの緩んだ通風孔を前にしてやる事など1つしかない。というかそのためにこの道具箱まで持ってきたのだから・・・。
俺は道具箱からバールを取り出して、緩んで隙間のできた通風孔とアミの間に入れて、テコの原理に力を入れたら簡単にアミが取れた。
改めてアミの取れた通風孔を見たら確かに人1人ぐらいは難なく入れそうな大きさではある。しかし・・・。
「部長、ここを使って生命進化推進興業所の中に入るんですか。なんか泥棒みたいなんですけれど・・・。
「そうね。確かに勢いと言うか、何と無く乗りでアミまで外さしたのだけれども、これはちょっとまずいわね。どうしようかしら?」
真心の言葉に同意してこれからどうするかを思案しようとしたその時だった。何かが落下してぶつかった音が聞こえてきた。何事かと音がした方を見ると、俺達が今しがた歩いてきた側のいささか前方に、明らかに人間と思えるモノがうつ伏せで倒れていた。それが何か理解できた時、俺達は衝撃を受けてしまった。
「ね、ねぇ、あ、あれって」
「・・・み、見ての通りじゃないの?」
「に、人間ですよね。と、飛び降り?」
部長や真心はおろかいつもほとんど感情を出さない愛ちゃんの声まで震えているが、当然といえば当然だろう。俺達の前方に倒れているのはどう見ても人間なのだから。
この場合、普通すぐに駆けつけないといけないのだが、想定外の出来事に萎縮してしまったためか、恐る恐る近づくしか出来なかった。
そこで落下してうつ伏せで倒れている人物を見ると、ところどころ何故か赤くなっている白衣を着ており、この生命進化推進興業所の研究員か何かと予想できた。
何で飛び降りなんかしたんだろうとぼんやりと考えながら、近づいていたが俺達は足を止めることになった。何故なら倒れている人物がゆっくりと起き上がり始めたからである。
そして完全に起き上がり、こっちを向いた瞬間、俺達はあまりの斜め予想の展開に驚愕で息の呑むしかなかった。
なぜなら研究員と思しき男の顔はぐちゃぐちゃになっており、、身体中のあちこちも傷だらけなのだが、肉が見えており、少し腐臭までしている。辛うじて目がだとわかるそれは白く濁っており、どう見ても生きているとは思えない。
信じがたい事だが明らかに目の前の存在は動く死人、ゾンビだった。
ゾンビは俺達を獲物と見たのか、「あ~」とうめき声を上げながらゆっくりとした足取りでこっちに向かってきた。
しかし俺達はあまりの出来事に硬直した上に、思考も混乱してしまったためか、動く事ができなかった。
あっという間にゾンビは真心の近くに迫り、襲い掛かろうとした瞬間だった。
「いやぁぁぁぁぁぁ?!!ゾンビ~!!こっちにこないで!?!?!?」
真心が絶叫したのと同時に真心の手が大きく動いて遠心力と重さたっぷりの鉄パイプの一撃がゾンビの頭部に炸裂した。
「「「?!!」」」
真心の予想外の行動に俺達が驚いている間にも、真心は叫びながら倒れたゾンビに対して鉄パイプを振り下ろし続けている。
しばらくの間、それを呆然と見ているとやがてゾンビは頭部と胸部のあたりがぐちゃぐちゃの肉片になり、どうやら倒したみたいだった。
「な、何なのこれ~?」
真心も取り敢えずは落ち着いたのか、鉄パイプを振り下ろすのを止め、ぐちゃぐちゃになったゾンビを見ながら困惑と不気味の感情の声で誰に尋ねるでもなく呟いた。
しかし見ているだけでもグロい光景だ。正直に言うと、少し吐きそうになったが先に愛ちゃんと部長が堪えられずに吐いてくれたお陰で、俺は彼女達の背中をさすっているなどの間に、気持ちが落ち着いた。
もっとも等分、肉料理は食える自信はないが・・・。
「さ、さぁ、ゾンビじゃないの。」
真心の呟きに部長が今だ青ざめた顔で返した。しかしその言葉にはいつものような力がない。部長もこの事態にはまだ衝撃を受けているみたいである。
「はっ、ははっ、全くとんだ可憐探しになったものね。」
力なくそう言う部長の言葉は俺達の今の心情を現していた。
そもそも可憐に届いた手紙自体が、ふざけた内容なのである。その上、行き先は得体の知らない研究所。いざ来て見たら誰もおらず、挙句にゾンビと遭遇なんて誰が想像しようか。
どうも可憐の連れ戻しの行き先の雲行きが怪しくなって来たので、これからどうしようかと部長達と相談しようとした瞬間だった。
”パン””パン”と銃声のような音とその直後に「「きゃあああああ」」と言う女性と言うよりは俺達ぐらいの年代と思われる女の子達の悲鳴が通風孔から聞こえてきた。
明らかに生命進化推進興業所内からで、何事かあったというのが理解るモノだった。
「ど、ど、どうします部長~?」
「どうするって私に聞かれてもねぇ」
真心は部長に指示を仰ごうとしたが、部長もどうしたらいいか困惑している様子だった。
「先輩どうしましょう?」
愛ちゃんは俺に尋ねて来たが、俺もこんな事態は斜め予想過ぎてどうしたらいいか分からない。皆でどうするか悩んでいると、真心がとんでもない事を言い出した。
「じゃあ部長、いっその事、この通風孔を通って施設内に入ってみませんか?」
「「「はぁ?!」」」
真心のぶっ飛んだ発言に俺達は声が重なった。こいつは何を言っているんだ?頭、大丈夫なのか?とうとう、暑さと先ほどの出来事によるショックで頭のねじが飛んだか?俺がそんな風に思っていると部長も同じ思いなのか少し引きつった表情で尋ねた。
「リ、理由を聞いて言いかしら。」
「う~ん、だって事態があまりにもおかしい上に、悲鳴まで聞こえてくるのですから、この施設内もトンでもない事になっていると思います。」
「そう思うのならば、どうしてそんな言葉が出てくるのかしら?」
「だってこのままではこの施設内のどこかにいる可憐ちゃんも危ないじゃないですか。それに先ほどの悲鳴をあげていた人達も、助けて上げた方がいいと思うし・・・。」
その真心の言葉に少なくとも前者である可憐の事を言われると俺もハッとなった。そうだこの施設内のどこかにいる可憐がいる以上、可憐にも危険が迫っている可能性は多いにあるのだ。ならば助けにいかないといけないのだ。
真心の言葉に、それなりに賛同しそうになった俺だが、部長はまだどうしようか迷っている様だった。まぁ、それも当然だと思うが・・・。
「う~んでもねぇ・・・。」
「じゃ、ここで帰ります部長?」
真心の言葉に、即肯定しないところを見ると、部長も少なくとも可憐の事は気に掛けてくれているのだと思うと、ちょっと感謝を感じた。
しばらく悩んだ後、部長は大きなため息を出して、
「仕方がないから真心の案に飲みましょうか。それにこのまま帰る訳にもいかないのも確かだし・・・。ただし施設内がどうなっているか分からないから、ここにある鉄パイプを武器として人数分持っていくわよ。それと施設内に入っても脱出口を確保する事を、まずは第一とするわよ。いいわね。」
部長の言葉に俺達は「「「はい」」」と頷いた。そうと決まったら後は行動は早かった。まずはそこら辺に置いてある資材と一緒に置いてある何本かの鉄パイプからそれぞれ使えそうなモノを選んで、通風孔に落とし、次に通風孔の出口先がどんな状態か分からないから持ってきたバッグやリュックをクッション代わりとして先に落として、いよいよ俺達がくぐる事になった。
「悪いけど天道、ここはお前が最初に言ってくれないかしら。施設内がどうなっているか分からないからまぁ、この中では唯一の男と言う事で、すまないのだけれども・・・。」
部長の珍しく本当にすまなさそうに言う言動に、俺は内心、ちょっとびっくりしながらも、部長の言っている事は確かなので、ここは俺が最初に通風孔を潜る事になった。
この時の俺は、いや俺達はまだ、生命進化推進興業所内を支配している圧倒的恐怖と絶望をまだ知らなかったから、無謀にも施設内に入ろうと思ったのだ。しかし真心の言った様に生命進化推進興業所内に進入できなければ、義妹の可憐を助ける事も出来ないのだから、この時の選択は結局これしかなかったと言わざるを得なかった。
そう考えたら俺達はよほど運命の神に嫌われていたのだろう。
ようやく施設内に突入となったかな。まだまだ話は続きます。