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源氏の君を求めて3

作者: WAIai
掲載日:2026/09/21

「ー紫式部が参りました」

紫式部はそう口上すると、反応を待つ。

おつきの珠も緊張気味に、紫式部の後ろに控える。

場所は藤壺と呼ばれる部屋で、中宮彰子のいるところだった。

今日は彰子の様子を窺いに来たのである。

「いらっしゃい、紫式部」

朗らかな声は彰子のもので、歓迎しているのが分かる。

彰子は藤原道長の娘で、十ニ歳入内し、一条天皇の中宮となったのだった。

その時の一条天皇の年齢は、ニ十なので、彰子は幼くして天皇のお側に迎え入れられたわけである。

「彰子様にいたっては、お元気のようで」

「まどろっこい話はいいわ。私、あなたに会いたかったの!!」

彰子は御簾を上げ、出てくると、紫式部と直に対面する。

驚いたのは紫式部で、少し固まったが、すぐに口を開く。

「彰子様、御簾の中にいらっしゃったほうが…」

「そうなんだけど、退屈で」

くすりと笑う彰子はまだあどけなさが残る女性だった。

髪だけでなく、顔も美しく、一条天皇の愛情を受けているのが、よく分かる。

「唐菓子、食べますか、紫式部?」

彰子が三方に乗った唐菓子ー米や麦の粉を固めて油で揚げたものであり、贅沢なものだった。

「いいえ、彰子様。いけませんわ、私などの位の低いものに賜わろうとしては」

「そう? 私はあなたが来るからって言って作らせたのよ。賢子のためにも持って帰って」

賢子の名前を出され、紫式部はますます頭を低くする。

「ありがとうございます。とても喜ぶと思いますわ」

「たまに連れてきて。貝合せなどがしたいわ」

そう言う彰子は子どもの心を持った女人のようで、きらきらとしている。

控えている珠も愛らしいと感じ、一条天皇に愛されるのも、そういうところなんだろうと推測する。

ー一条天皇…。お二人は仲が良いと聞きますし。

珠は下を向きつつ、ちらちらと彰子を窺う。

道長が美形なので、娘の彰子も引き継いでおり、眩い存在だった。

珠と比べると、ひよこと鶏の差があり、とてもではないが、声をかけられるような相手ではなかった。

「それで、彰子様。今日の御用件は…?」

紫式部が切り出すと、彰子は目を大きくし、期待するような表情となる。

「実は…その、物語の続きが知りたくて。あと、物語について一緒に語りたくて」

ああ、分かると珠のほうが早かった。

紫式部の書く源氏物語は現実感があり、心情が上手く書かれていて、人気だった。

皆、こぞって読みたがり、珠もその一人だった。

ー何について語るのかしら? 楽しみ!!

珠はわくわくしていると、紫式部がほほと笑う。

「彰子様、私の物語を気に入ってくださって、ありがとうございます」

「とても面白いわ!! 誰かと話をしたいのだけれど、皆、遠慮して困っていて…。あとは筆者のあなただけだもの」

「そうですか。では何を話せばよろしいでしょうか?」

紫式部が聞き返したので、珠は耳を澄ます。

珠だって会話したい一人だった。

しかし中宮彰子に、下賤の身のものが話しかけるわけにはいかなかった。

「そうね。葵の上のこととか、若紫のこととか、気になることはたくさんあって…」

彰子は御簾の中に一度戻ると、巻物を持って帰ってくる。

「宮廷絵師に描かせてみたの。どうかしら?」

「失礼いたします。どれどれ…」

紫式部が膝を進める一方で、珠はその場に残る。

ー葵の上は左大臣の娘で、なかなか光源氏と打ち解けられないでいるのよね。

鼻息を荒くすると、珠は一人で考え始める。

ーそれで、若紫は、後の正妻、紫の上になるんだけれども、子どもに恵まれないのよね。聡明で美しい御方なのに。

ちらりと視線を上げれば、彰子こそ紫の上のような気がしてならなかった。

本当なら珠は外で待つ身なのに、中に入れてくれて、寛大な御方だと身をもって知る。

「よく描けていますわ。素晴らしい」

「そう? 良かった、紫式部に気に入ってもらって」

ふふと笑う彰子は、本当に愛情に恵まれて育ったらしく、陰のようなものは見受けられなかった。

むしろ、その場にいる皆が見惚れ、太陽の光を一心に受けた金のように眩しかった。

「あとね、こっそり…その、続きを書いてみたのだけれども」

「え? 彰子様自らがお書きになったのですか?」

「駄目かしら? 待ち切れなくて、つい筆を取ってみてしまったのだけれども…」

「い、いいえ。とんでもない。私のような者が書いた物語を、中宮様自らがお書きになるなんて、申し訳ありませんわ」

「もう紫式部ったら!! 自分で自分を卑下しないの。私は位や顔などで、人間を決めてはいませんわ」

「はい。ありがたき幸せ」

紫式部は嬉しそうな声音で言い、頭を下げる。

もちろん珠も光栄に思い、一緒について来て良かったと思う。

ー道長様も心の広い御方だから、彰子様にちゃんと受け継がれている。素晴らしい御方だわ。

一条天皇と彰子が仲が良いということは、宮中だけでなく、民も幸せを与えられているということで、誇らしい気持ちになる。

珠は紫式部の命令で、外に出ることがあるので、民のことはそれなりに分かっているつもりだった。

「それで、どう? 私の書いた物語は?」

「えっと…そうですわね」

紫式部は紙を広げると、流れるような動作で見ていく。

珠も気になり、うずうずしたが、我慢して動かないでいる。

「彰子様、御上手ですわ。よくここまで膨らませましたね」

「そう思う? もう待ち切れなくて。どきどきして、たまらず書いたの!! その切なさとか、淋しさとかよく分かるから」

「彰子様…」

一瞬だけ、顔に陰りが見えたが、紫式部は何も言わず、紙を巻いていく。

「これは私がもらっても?」

「え、その、恥ずかしいというか。お父様には内緒よ?」

「はい。もちろんですとも」

紫式部は優しく微笑むと、珠を呼ぶ。

「ー珠、例のものをここへ」

「は、はい、ただいま」

珠は足が痺れていたが、ここでしくじるわけにはいかのないので、しっかりとした足取りで巻物を渡す。

それを紫式部が受け取ると、彰子に向かって満面の笑みを浮かべる。

「私からの贈り物ですわ。源氏物語の続きですの」

「まあ!! まあ!! こんなことって!!」

彰子は子どものように腕を動かし、可愛い仕草をする。

紫式部は穏やかな表情で見守ると、丁重に差し出す。

「一条天皇様とお楽しみになってくださいませ」

「ありがとう、紫式部。これお父様は…?」

「まだ見ていませんわ。彰子様が一番です」

「まあ!! 何ということ!! とても嬉しいわ」

巻物を頬に当てると、大切な宝物のように愛でる。

珠は下書きの状態て読んであるので、早く彰子が読んで感想をくれるといいなと期待する。

ー私って、ものすごく恵まれた環境にいる。

紫式部について良かったと思う反面、実の家族のことに心を痛める。

それは今、関係ないので伏せておくが、彰子の喜びようを見て、珠も口元を綻ばせる。

「早速、読んでもいいかしら?」

「いいですとも。私どもはこれで下がらせていただきます」

「あら。もう帰ってしまうの?」

「色々とやることがあるもので。でも物語を届けられて安堵いたしましたわ」

「ありがとう、紫式部」

彰子は心から喜んでいるらしく、紫式部は光を受けた神のように、眩しそうに眺める。

ー彰子様は幸せになれますわ。

珠も彰子の性格を知り、そう判断する。

道長の娘だからと威張るわけでもなく、本当に純粋に、素直に育てられたのだと、見受けられた。

ー紫式部様がどうりで、いそいそと用意するはずだわ。

一番の読者は誰になるのか、それも楽しみだった。

もちろん内緒で珠が一番なのだが、こういう展開になるのかと、いつも驚かされる。

珠も物書きを目指すなら、皆から続きが読みたいと望まれる人物になりたかった。

「では失礼いたします。ー珠、行きますわよ」

「は、はい!!」

「あ、紫式部、唐菓子。ちょっと持たせてくれるかしら?」

彰子の一言で、女房が動き、包み紙を丸めると、紫式部に差し出してくる。

「ありがとうございます、彰子様」

「またいらっしゃってね。今度はお父様も、一緒だといいのだけれど」

「それは…控えさせていただきますわ。私は彰子様に仕える身なので、道長様にお会いできるのは、たまにでよろしいですわ」

「そう? お父様は気に入っているらしいけれど…。まあ、いいでしょう。またいらっしゃい」

「はい。ー行きますよ、珠」

「はい、失礼いたします」

珠は礼をすると、紫式部について行く。

皆の視線を一心に受けているのが、紫式部は気にせず、まっすぐ前を見ている。

珠も真似をし、堂々と歩いていく。

ー紫式部様、すごい才能ですわ!!

皆の注目を集めるなんてほぼないのに、皆、緊張の面持ちで礼をし、端に控える。

珠は嬉しくなり、紫式部の流れる髪を見つめながら、藤壺を後にしたのだった。



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